[口訳]
ああ、もう春も過ぎて、夏が来たらしい。夏になると、白い衣をほすという天の香具山のほとりに、あれあのように、白い衣が点々とほしてあるよ。
|
[鑑賞]
初夏の天地が急にひらける。ようやく青みわたった大和平原のかなた、絵のように美しい香具山のふもとに、初夏の吐息かのように、白い衣が点々とほしてあるのが見える。
青と白との色の配合の美しさが、いかにも新鮮で清潔である上に、それを見ているお方が宮殿の窓によられた女帝でいらせられるから、それはまさに清婉とでもいうべき美しさとなる。まことに初期文展や院展あたりの絵でも見るような歌で、官能的・絵画的な歌を好んだ新古今集撰者の肥えた眼が、これを逃すはずもなく、夏歌の冒頭においたのは、いかにももっともだと思われる。
|
[作者]
持統天皇(645〜702)は第41代の天皇。
天武天皇の皇后となり、天皇の崩後、皇位につかせられ、都を藤原宮にうつされた。御在位8年(称制4年)にして位を文武天皇にゆずられた。大宝2年12月崩御、御年58。
天皇の御代は、ちょうど柿本人麿・高市黒人の時代にあたり、万葉の歌の盛り上がり期、又は全盛期といってよく、天皇の御製も、長歌二首、短歌四首が『万葉集』に載っており、多感激情の歌と、女性的なやさしい歌とが見られる。
|
「百人一首評解」
著:石田吉貞 発行所:有精堂出版株式会社 ヨリ |
|
|