はく めい の わが しき にて きこえくる  あお すぎ く おと とおもひき
【作 者】 とう ろう
【歌 意】
朝まだき、覚めきっていない自分に意識の中にパチパチとかすかに聞こえてきたのは、誰かが青杉を焚いている音なのだろうと思ったことだった。
【語 釈】
○薄明==薄明かり。日の出前か日没後の仄かな明るさ。
○青杉==杉の青葉。杉の葉は生でもよく燃え音を立てて暴ぜる。
【鑑 賞】

第一歌集 『歩道』 (昭15) 所収。初出は 「アララギ」 (昭11・12) 。
秋の早朝、清涼な空気の中に聞こえてくる、アチパチと明るく暴ぜる音、それを作者は夢うつつの中で聞いている。
「薄明」 はその時間 (空の明るさ) と意識との両方を形容する。その二重の薄ら明かりの中、すなわち視覚の閉ざされた中で聴覚的な刺激が先ず作者を刺激する。しかしそのかすかな音は、幽明の境のような薄明かりの中に青杉の青さのみならず、立ちのぼる煙や小さな炎の視覚的なイメージを浮かび上がらせる。それが 「意識にて」 おもひき」 ということだが、そては読者が音数律に乗せながら読み、吟ずる時に光景を思い浮かべる在りようと相似たメカニズムである。
鋭敏な感覚によって動いた意識を描くことにとって情景を顕ち現せることろにこの作品の面白さがある。そして、はっきりと目覚めた後、意識の薄らとしていた時を振り返って、印象的な音、およびそれを 「青杉を焚く音」 と認定した意識を、改めて意識し直している様子が 「おもひき」 の 「き」 に表現されている。すなわち、今思えばあれは 「青杉を焚く音」 だったのだなあ、というのではなく 「青杉を焚く音と思った」 ことだったなあ、という確認である。

【補 説】
本作の 「薄明」 をめぐって早朝説と夕方説との二つに分かれている。菱川善夫は 「秋も深まった日没後の薄明かり、その透明な空気の中で冴えていく意識の中に、はっきりと私は聴きとったのである。青杉を焚くかすかな火の音を」 と解して夕方説に立っているが、意識にもかかる 「薄明」 の二重の意味を活かすなら早朝説に与したい。
なお作者は 「夢と現実との間の意識で何か楽しい音を聞いてゐた」 ( 『及辰園百首附自註』 ) と明かしている。
【作者略歴】

明治四十二 (1909) 年十一月十三日〜昭和六十二 (1987) 年八月八日。享年七十六歳。宮城県生まれ。
大正十五 (1926) 年 「アララギ」 入会。
昭和二 (1927) 年より斉藤茂吉に師事。二十年、 「歩道」 を創刊し主宰する。
歌集に 『歩道』 、 『帰潮』 、 『地表』 、 『群丘』 、 『冬木』 、 『形影』 、 『開冬』 、 『天眼』 、 『星宿』 などの他、 『佐藤佐太郎全歌集』 、 『茂吉秀歌』 、 『佐藤佐太郎書画集』 など多くの著書がある。
芸術選奨文部大臣賞受賞。昭和五十八年、日本芸術院会員。

(近代文学研究者 原 善)