きあげて くし としばしば あそぶなり  ぬかつめ たき このあき
【作 者】こう あい
【歌 意】
髪を掻きあげて、しばらくの間は櫛と遊ぶかのように髪をあげたままにしているのは、髪をあげた 額に感じる冷気の快さゆえだが、それはまさに秋の夜半のものであるよ。 歯、その歯にしみとおるほどの、秋の夜に飲む酒こそは、ひとりで、し ずかに飲むのにふさわしいのだ。
【語 釈】
○しばし==暫くの間。
○額== 「ひたい」 と読んでもいいところだが、ここは音数律に合わせて 「ぬか」 と読んでおく。
【鑑 賞】

歌集 『鳥眉』 (昭52) 所収の歌。
馬場あき子は、
「うなじの暑苦しさのために掻きあげた夏の髪と、 うなじの涼しいかたちをよろこびつつ掻きあげる秋の髪では、女の気分はずいぶん違う。」 ( 『歌 の彩事記 (平8) )
として、項を掻きあげたと解しているが、それでは 「額の冷たさ」 が生きてこな いのではないか。
しかし、 「掻きあげて櫛としばしあそぶなり」 というときの 「しばし」 の状態は、 女人の体感だけが享受している豊饒な自然感の快さではあるまいかという解説は聞くに値する。
なるほど男が秋を感じるのは、例えば牧水の歌のように 「歯にしみとほる」 酒の冷たい味わいで はあっても、髪を掻きあげた肌の冷たさからということは少ないだろう。
「女の暮らしの中で、櫛を手にして自ら髪を梳り、髪とたわむれる自愛にみちたひとちきは、髪の 流れ、髪のくねりの表情に生まれる自らのエロスの美しさを発見する自足の時でもある」 と馬場 あき子の言葉は、与謝野晶子が 「髪五尺 ときなば水に やはらかき 乙女ごころは 秘めて放た じ」 と歌ったナルシズムを思い起こさせよう。  

【補 説】
そして両方の歌に共通することだろうが、そうした髪への自愛は、その髪を掻きあげてくれるは ずの人への恋情にも繋がるものでもある。
少なくとも本作の 「あそぶなり」 は、そうした一人遊びの艶やかさを漂わせ、 「額の冷た」 さは、 一人であるが故の寂しさを漂わせる、という具合に、単に季節を歌ったに止まらないものになっ ている
【作者略歴】

大正十一 (1922) 年十月八日、父の任地であった栃木県宇都宮市に生まれる。
二十歳の頃、斎藤茂吉の影響により作歌を始める。
昭和二十二年 「アララギ」 に入会、土屋文明選歌欄にて作歌を学ぶ。
昭和二十六年、近藤芳美に兄事して 「未来」 を創刊。
昭和三十年、第一歌集 『木の官の道』 上梓。以後 『草の翳りに』 (昭41) 、 『魚文光』 (昭47) 、 『鳥眉』 (昭52) 、等の歌集を上梓。
享年五十七歳。
その業績を記念して、 「河野愛子賞」 が創設され、平成十六年の十四回で一旦終了するも、名 を 「葛原妙子賞」 と改めて現在に至っている。
『鳥眉』 抄録の中に本作も採った 『河野愛子歌集』 (国文社、現代歌人文庫) は、 『魚文光』 に 対してのものだが、河野の歌風を 「敗戦の荒廃のただ中で、清純と繊細を病床にて唯一の弾機 にして内部韻律の響くままに志操を詠う」 評している。

(近代文学研究者 原 善)