たん くぁさだ まりて しず かなり はな めたる のたしかさ
【作 者】きの した げん
【歌 意】
床の間の牡丹は今すっかりその花を開ききり、揺るがない姿で静まりかえっている。その豪華な大輪の花の空間を占める位置のこれはまた何んという確かさであろうか。
【語 釈】
○牡丹花==ぼたんの花 。 「ボタン」 という名は三音なので、五音の句に置いても七音の句に置いても座りが悪く、短歌には詠みにくい花とされている。そこで、 「ボウタン」 と伸ばすか、 「ボタンカ」 と漢音で表すかという工夫がされてきた。花音は悪くなるが、この場合は牡丹の豪華さに見合っている。
○咲き定まりて== (花が) ひらききって。
○静かなり==形容動詞の終止形。咲ききそった花の安定した感じをいう。
○花の占めたる 位置のたしかさ==花の空間を占めている位置の動かない確かさ。体言止めに感動をこめている。
【鑑 賞】

いわゆる利玄調を確立したものとして利玄の生涯を代表する歌集 『一路』 の中で、 『一路』 を代表する傑作と讃えられた利玄の代表作歌。 大正十二年作。
「牡丹と芥子」 中の最初の一首。 「なり」 で切った第三句までで豪華な花のさまを正確に描写し、ついで 「花の占めたる 位置のたしかさ」 と、感動をこめた簡潔な体言止めで抑えた句法が、端然とした響きという語調の新しさと感動の余情とを生んだ。
「静かなり」 にはみずからの美を完全に発揮し尽くしているものへの息を潜めるような感動があり、花の位置に着目したのも牡丹独特の重厚な造形美を捉えて余すところがない。単なる冷徹な写実だけでなく、無心に咲く花の雄大な安定感に寄せる人間として、信頼が、堂々と迫らず、しかも極めて新鮮な感覚で歌いすえられている。表現をあくまで単純化することに徹しながら、口語脈と文語脈とのきわどい一線の堺に不思議な短歌の声調美を確立し、独自の作歌哲学 ── 自然との暖かい人間的交流の世界を現出している。

【補 説】

対象の質量を的確に捉えようとする姿勢には 「白樺」 一派の傾倒した西洋美術の影響が指摘できるかも知れないが、単なる写生をこえて、花そのものの生命に迫ろうとしている凝視の深さには、主体と客体の一体化を目指す新感覚派等にも通じる。大正期の生命主義の流れの中にも確かに位置づけている。

【作者略歴】

本名 「としはる」 。明治十九ねん岡山県生まれ。大正十四年四十歳で没。
五歳の時、伯父の子爵の養子となり上京、学習院高等科を経て東大国文科率。
少年時代から佐々木信綱に師事し、 「心の花」 の少年歌人として注目されたが、学習院在学中、武者小路実篤・志賀直哉等と交わり、 「白樺」 の創刊と共にその同人にもなった。
歌集 『銀』 (大3) に続く 『紅玉』 (大8) で、利玄調とよばれる独自の口語的歌調を形成、 『一路』 (大13) で大正期歌壇における最もすぐれた成果の一つを示した。
『木下利玄全集』 (弘文堂) 二巻がある。

(近代文学研究者 波瀬 蘭)