【作 者】三
枝
昴
之
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【歌 意】 |
春の到来を待ちかねて春服を引っ張り出して来て着てみたものの、ひもじさは変らない。そんな空の下で見上げる空に、まずは燕よ来てくれ、春を知らせる燕よ来てくれ。 |
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【語 釈】 |
○春服==春の服。
○ひもじき==文語 「ひもじ」 の連体形。空腹だの意。
○つばくらめ==燕の古称。 「つばくら」 「つばくろ」 とも言う。 |
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【鑑 賞】 |
出典は小林恭二 『短歌パラダイス』 (岩波新書、平8) という現代短歌の歌合せ的な本。
「燕」 という題のもと、荻原裕幸の 「琥珀日和の このひるさがり わがうちに 燕とばせて きみがほほゑむ」
と合わせられた歌。
「ひもじさ」 とは飢餓感を表す言葉であり、むしろ寒さと結びつき、冬の到来の中で上着を着ても寒さは変わらない、ということを
「ひもじさ」 で表すことは分かりやすいが、それを、薄くて軽く明るい 「春服」 を着ても効果が得られなかったことを表すのに使うという捻りが面白い。
そうした、いまだ変らぬ 「ひもじさ」 という共感覚的な比喩で喩えられる飢えと渇えと孤独感といったものが、下の句の絶唱的な祈りを引き出している。
そこでの 「燕」 に托された希望の深さが、リフレインの生む切迫感の中で痛切に伝わってくる。
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【補 説】 |
所収書の合評の中では、奥村晃作の 「つばくらめ来よ」 について 「余計なものをつけるから台無しになっちゃった
(大笑い) 」 という批判の一方で、穂村弘は、 「最初の 「燕来よ」
というのは、咄嗟に口をついて出た言葉」 であるの 「に対して二度目の 「つばくらめ来よ」 は、祈りにも似たものだ」
と評価し、 「二度目の燕こそ、自我の中の潜在的な力を表す、こころの燕なんです。更に言えばそこを平仮名でひらいて書いているのは、万が一の遺漏もなく読者にその思いを届けたいという気持ちからだったんだと思います。」
という 「名解釈」 を示している。
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【作者略歴】 |
昭和十九(1944) 年山梨県甲府市生まれ。父・清浩は窪田空穂門下の歌人。妻は歌人の今野寿美、同じく歌人の三枝浩樹は弟。
早稲田大学政治経済学部卒業。早稲田大学入学と同時に早稲田短歌会に入会。
昭和四十四年、福島泰樹、伊藤一彦、三枝浩樹らと共に伝説の同人誌 「反措定」 を創刊。
昭和五十三年に馬場あき子主宰の結社誌 「かりん」 に入会。
同年、第二歌集 『水の覇権』 により第二十二回現代歌人協会賞受賞。
平成四年、三枝浩樹、今野寿美と共に歌誌 「りとむ」 を創刊。
第七歌集 『甲州百目』 (平10) にて第三回寺山修司短歌賞、第八歌集
『農鳥』 (平14) にて第七回若山牧水賞、昭和短歌史を新しい形で組み立てた
『昭和短歌の精神史』 (平17) で、第十四回やまなし文学賞、第十七回斎藤茂吉短歌文学賞、第五十六回芸術選奨文部科学大臣賞
(評論その他の部門) 、第四回日本歌人クラブ評論賞を受賞している。
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(近代文学研究者 波瀬
蘭) |