ほん だつ しゅつ したし こう てい ペンギンも こうてい ペンギン いく がかり
【作 者】つか もと くに
【歌 意】
この息苦しい日本から脱出したいものだ。皇帝ペンギンも、そして皇帝ペンギンを管理する飼育係も。
【語 釈】
○皇帝ペンギン==ペンギン科の鳥。南極大陸の陸地・氷上周辺に集団で生息する。ペンギン類では最大種。
【鑑 賞】
『日本人霊歌』 (昭和三十三年刊) 所収。
「嬉遊曲」 と題された歌群の一首で、同歌集の冒頭歌である。
この歌を構成する特徴的な要素としては、定型を逸脱するような極めて自由な韻律、 「日本脱出したし」 の直後に配された小休止、そして突如として立ち現れる皇帝ペンギンのイメージが挙げられる。
斎藤史は塚本を 「喩の刺繍者」 と呼び、 「彼の一番すぐれた特徴は、 「喩」 を、短歌の中にぬいとったこと」 だと指摘している ( 「短歌」 1962年10月号) 。
「皇帝ペンギン」 が一帯何を喩えているかは様々に想像されるところであるが、いずれにせよ 「管理する/管理される」 という二項対立的な日常を超えて、 「皇帝ペンギン」 も 「飼育係 (人間) 」 もともに閉鎖的空間の象徴である 「日本」 からの脱出を希求するという構図がここに存在する。
「嬉遊曲」 という歌題から受ける印象と 「日本脱出」 という切迫した状況とは一見すると大きくかけ離れているように思われる。しかし、斎藤が 「彼の日本はしばしば、やや絶望的にあるいはいとわしい口調でのべられる」 ( 「同上」 ) と指摘するように、塚本も見つめる 「日本」 とはまさに皇帝ペンギンが閉じ込められた動物園の檻の中に等しいものであった。
コンクリートと鉄柵に囲まれた狭小な空間を群れをなして生きざるを得ない皇帝ペンギンたちの姿と、この狭く息苦しい列島国家にひしめき狂騒する人間の姿とを重ね合わせるように眺める塚本の目はきわめて冷笑的である。
【補 説】
このほかに塚本邦雄の作品として
「革命歌作詞家に凭りかかられて すこしづつ液化してゆくピアノ」
「金婚は死後めぐり来む朴の花 絶唱のごと蘂そそりたち」
などがある。
【作者略歴】

大正十一年 (1922) 生まれ、平成十七年 (2005) 没。滋賀県出身。彦根高商卒。
商社勤務を経て、昭和二十一年、 「日本歌人」 へ入会。前川佐美雄と出会う。
昭和二十四年、杉原一司 (のち夭折) と 「メトード」 を創刊。のち 「短歌研究」 を中心に精力的に作品を発表し、寺山修司・岡井隆らと前衛短歌運動を牽引した。
社会的な題材も扱う一方で、<喩> ・ <イメージ> ・ <性> ・ <韻律> など現代和歌の可能性を実験的に追及し、和歌表現の地平を切り開いた。
歌集は 『水葬物語』 、『装飾薬句』 、『日本人霊歌』 、『星餐図』 ほか多数。

(学習院大学大学院生 田中 仁)