早春そうしゅん の レモンにふか く ナイフ た つる  をとめよ す  ば らしき 人生じんせい え
【作 者】葛原くずはら 妙子たえこ
【歌 意】
早春に摘まれたばかりのレモン、そのみずみずしい果実にナイフを付き立てるという衝動は、少女にとってやみがたいものである。
若くしなやかな女性達よ、その衝動を以って、真っ直ぐに素晴らしい人生を手に入れてゆきなさい。
【語 釈】

○レモン==日本での収穫期は十月〜二月。明治時代初頭に日本へ入って来て以来、昭和四十七年に輸入自由化されるまでは貴重な嗜好品であった。
○をとめ==乙女。年の若い女性、少女のこと、また、未婚の女性や処女を表すこともある。

【鑑 賞】

レモンイエロー、という色の名前があるように、レモンの果実は、レモン固有の色調を帯びている。実が熟する前の青さを未だ包み込んでいるかのようにみずみずしく発光するその色は、レモンだけが持っているものなのである。
早春、という生命の輝きはじめる時期に置かれた作品中のレモンは、一層のまぶしさを放って我々の芽に迫る。見るものを駆り立てるのだ。
どこか不安定な紡錘形の果実に真っ直ぐに突き刺さったナイフ、 それはおそらく女性の手によるものであろう。なぜなら、女性こそが、レモンイエローの内側に潜むあの果実に近づく勇気を持っているからである。
垂直に突き立てたナイフによって、今にも転がりだしそうだった果実は、爽やかな香気をほとはしらせながらしっかりと卓上に繋ぎ止められた。
未だ人生の酸いも甘いもわからない恐いもの知らずの若い女性達は、その身ゆえに、レモンに自ら刃を立てる力強さを備えているのだ。 だからこそ、作者は、その若く澄みきった衝動を励ます。
色と、香りと、果汁と、そして突き立てたナイフの手ごたえを抱えて、乙女達よ、清々しく生きてゆきなさいと作者は願う。
レモンとナイフの清冽な取り合わせが女性に対する作者の祈りを呼び込んでおり、実にみずみずしい生命力を表した歌となっている。

【補 説】

この作品は第一歌集 『橙黄』 (昭和二十五年) に収められたものである。
超現実的で抽象的な世界観を含んだ歌が多く、その斬新な手法は、後の歌人達に大きな影響を与えた。
以後の歌集にも女性ならではの視線・感性が豊かに発揮されており、同時代の歌人・斉藤史と並んで女性歌の双璧と称された。

【作者略歴】

明治四十年 (1907) 東京文京区に生まれ、昭和六十年 (1985) に没した。
昭和十四年 (1939) に 「潮音」 会員となり歌人としての活動を始め、昭和二十五年 (1950) 刊の 『橙黄』 をはじめ、 『縄文』 『葡萄木立』 『朱霊』 など多数の歌集を上梓した。
戦後は女人短歌会創立に参加、また昭和五十六年 (1981) 季刊雑誌 「をがたま」 を創刊して編集発行人となるが二年で終刊、同時に作家活動を終えた。

(日本文学研究者)