ちるはな は かずかぎりなし ことごこく  ひかり をひきて 谷にゆくかも 
【作 者】うえ
【歌 意】
桜の花びらは数限りなく散り続けている。その花びらがことごとく谷へと流れるように散ってゆくのだが、花びら一つ一つが光を帯びているかのようだ。
花びらの流れは、そのまま光の流れである。光ガ谷へと降り続けているかのようだ。
【語 釈】

○ちる花==ここでは桜と限定しているわけではないが、桜をイメージするのが妥当。
○光をひきて==花びらが散る時に光を帯びている状況。
○ゆくかも==ゆくのであるなあ。 「かも」 は詠嘆を表す助詞。

【鑑 賞】

桜の花が散る映像は、古来様々に歌で表現されてきたが、これほど美しく、胸に残る歌は他にあるだろうか、と思うほどである。
桜の花が散るという映像が目の前にあり、それだけ目を据えて詠んでいるのだが、単に現象としての落花の様を詠んでいるだけではない、この世ならぬ幻想性がそこに表れている。
それは、おそらくその花びらが光を尾のように曳きながら散ってゆくのだという、その映像化の見事さによるものだろう。
また、花びらの <散る> という現象からは、 <死> のイメージが想起される事が多い。桜の花が散るように、というのは、いささか過剰な美学であるが、落花の映像に人間の死生観を見ようとする日本の文化は根強い。
その <死> のイメージを醸し出す花びらの一つ一つが、光を尾のように曳きながら谷底へと流れていく、というのである。
死に対する讃美、というよりは、清らかな安らぎの世界を感じさせる一首となっている。
この短歌は、作者が吉野に赴いた際に詠まれたという。吉野の桜という日本文学の伝統の景物を歌いながらも、そこにあるのは、現代人の死と生に対する思いであろうか。

【補 説】

上田三四二の第三歌集 『湧井』 (昭和50年) から。
上田は四十代半ばの頃に大病を患い、手術をする。この短歌は、その後の回復期に吉野へと赴いた際に作られた歌だとされるが、作者の、死から生還したという思いが反映されているのかもしれない。
花びらの散っていく映像には、死だけでなく、生というもののきらめきも表現されているのであろう。
上田三四二は、医師として勤務する傍ら、二十代から作歌活動を始めるが、同時に、評論や小説も執筆するなど、幅広く文学活動をした。

【作者略歴】

大正十三 (1923) 年、兵庫県小野市に生まれる。 平成元 (1989) 年に没した。
京都大学医学部卒業。四十三歳の時に癌を患ってからは、闘病生活を続けた。
歌集 『湧井』 で迢空賞、評論 『この世、この生』 により読売文学賞、創作集 『惜身命』 により芸術選奨文部大臣賞受賞。 他、多数の作品集がある。

(作新学院大学講師 小林 とし子)