かめ にさす ふじはな ぶさ みじかければ  たたみのうえ に とどかざりけり
【作 者】まさ おか
【歌 意】
花瓶にさした藤の花房が短いので、畳の上にとどかないことだ。
【語 釈】

○瓶==花瓶。
○短ければ==短いので。
○藤==晩春から初夏にかけて咲く花。薄紫色の花房が印象的。古典和歌でも春から夏の景物とされる。

【鑑 賞】

明治34年 (1901) 4月28日、新聞 「日本」 に連載中の 「墨汁一滴」 の中で発表された十首連作の一首目。
「夕餉したため了りて仰向けに寝ながら左の方を見れば机の上に藤を活けたるいとよく水をあげて、花は今を盛りの有様なり。
艶にもうつくしきかなとひとりごちつつそぞろに物語りの昔などしのばるるにつけてあやしく歌心なん催される。
斯道には日頃うとくなりまさりたればおぼつかなくも筆をとりて」
という長い詞書を持つ。
春の夕暮れ、病床の子規は机上に生けられた藤の花を仰ぎ見ている。その花はよく水をあげて生き生きと美しいが、豊かに垂れた花房はわずかに短く、畳に上には届かずに終っている。
子規の正確な目は、花房の美しさだけでなく、花房と畳の間の空間をも捉えている。
彼がモットーとした 「写生」 を具体化したかのような歌である。

【補 説】

同じ連作の中には次のような歌がある。
@ 「瓶にさす 藤の花ぶさ 一ふさは かさねし書の 上に垂れたり
A 「藤なみの 花をし見れば 紫の 絵の具取り出で 写さんと思ふ
B 「瓶にさす 藤の花ぶさ 花垂れて 病の床に 春暮れんとす
@ では藤は書物の上にふっさりと垂れている。
A は花の色合いに着目した歌。植物の写生も病床の子規を慰めた。
B は連作をしめくくる歌で、花の美しさに陶然とするうちにゆっくりと日が暮れて、春という季節も過ぎていくことを歌っている。

【作者略歴】

慶応3年 (1867) 生まれ、明治35年6月19日没、享年63歳。 本名は常規、のち升と改めた。愛媛県出身。
旧制松山中学校を経て第一高等学校に進学、夏目漱石と親交を結んだ。
東京帝国大学在学中から俳句の革新を志し 『俳句分類全集』 の編纂を始めた。
大学中退後、日本新聞社に入社、下谷根岸に居を定めて文筆活動に励んだ。
明治31年2月から十回にわたって 「日本」 に発表された 「歌よみに与ふる書」 は、古今集の亜流を脱して 「写生」 を尊ぶことを主張し、広く影響を与えた。
門下に伊藤左千夫、長塚節らがいる。
歌集 『竹の里歌』 のほか、脊椎カリエスに苦しみつつ文筆活動に勤しむ日々をつづった 『墨汁一滴』 『病床六尺』 『仰臥漫録』 などの随筆もある。
「子規」 の号は結核のため喀血したことにちなむ。

(千葉大学助教授 鈴木 宏子)