夕焼空ゆうやけぞら   げきはまれる した にして  こお らんとする うみしず けさ
【作 者】島木しまぎ  赤彦あかひこ
【歌 意】
夕焼け空が、焦げたようにあかあかと輝いている。その輝きの極みにある空の下にあって、今まさに凍り付こうとしている湖の、何という静けさよ。
【語 釈】

○焦げきはまれる==焦げたような状態が頂点に達している様子。

【鑑 賞】

「アララギ」 に大正3年 (1914) 2月に発表された 「諏訪湖」 の第一首。『切火』 (大正4年) 所収。
諏訪地方の冬は厳しい。赤彦が書いた 『諏訪湖半冬の生活』 によれば、快晴続きで雪が少なく、空は透明すぎるほどの碧さをたたえ、空気が乾いているため寒さが皮膚に響くように感じるという。この地方は、信州の他の地方よりさらに高所にあるから、寒さの響きかたが特にひどい。
透明すぎるほどの青空は、時が移ると一転して燃えるような夕焼けとなる。そして、その輝きが頂点に達した時、下にある湖は、赤を通り越して褐色に見えるほどの色彩を映しながらも、波ひとつ立てず、あくまで静寂である。
広大な湖が凍りつこうという瞬間、長く厳しい冬の始まりなのだ。余分なものを切り捨て、燃える夕焼け空と凍りつく湖という二つの雄大な自然を対比することによって、鮮烈な印象を与え、荘厳さを感じさせる一首となっている。
赤彦は根岸派歌人として出発し、初期には万葉調の歌を詠んでいたが、「アララギ」 に合同する頃から作風が変わり、乱調の作品も多い。この歌も初句から字余りとなっている。新しい近代短歌を求める動きは、斎藤茂吉など、当時の他の歌人にもみられる傾向であった。

【補 説】
この歌は、のちに自選歌集 『十年』 (大正14年) に収録された時には、
まかがやく 夕焼け空の 下にして 凍らむとする 湖の静けさ
と、初・二句が改められている。
『切火』 当時の、あからさまな印象派的手法を嫌っての改作であろう。
湖の静けさが強調されている反面、力強い荘厳な趣が損なわれてしまい、作品としての評価は改作前のほうが高い。
【作者略歴】

明治9年生まれ、大正15年没、享年49歳。 大正期の代表的歌人の一人。
長野県上諏訪町 (現諏訪市) 出身。長野師範学校卒業。
小学校教員をしながら雑誌 「比牟呂」 を創刊し、のちに 「アララギ」 に合同。
39歳の時に郡視学の職を辞して単身上京、 「アララギ」 の編集にあたり、実質的な指導者として 「写生道」 を唱えた。
歌集に 『馬鈴薯の花』 『切火』 などがある。

(文芸評論家 藤岡 まや子)