きみ にちかふ  のけむりの  ゆるとも  まん にょう しふ の うた ほろぶとも
【作 者】 よし いさむ
【歌 意】
私は固く約束します。たとえ阿蘇の山の煙が尽きてなくなってしまっても、万葉集の歌が誰にも顧られず滅亡してしまう日が来ても、あなたに対する想いが変わらないことを。
【語 釈】
○阿蘇==阿蘇山のこと。熊本県にある活火山で、常に噴煙を上げている。
○万葉集==奈良時代の末に編集された現存最古の和歌集。
「まんにょう」 は 「まんよう」 が音韻の上で変化した発音。
【鑑 賞】
スケールの大きな恋愛歌である。阿蘇山の噴煙は古代から変わることなく立ち上がっているものである。また、万葉集も古来詠み継がれて現在までその文学的生命を保っているものである。ともに、長く続いてきて今後も続いてゆくと考えられるものである。
この、「阿蘇のけむり」 と 「万葉集の歌」 が絶えない存在であることを前提として、その二つがもし仮に絶えることがあったとしても私のあなたを恋い慕う真実の思いは絶えることはない、と言うのである。 つまり、私のあなたへの思いは絶対不滅だ、と主張しているのである。
こんなオーバーなことを平気で言う人物は信用できない、と思ってはいけない。このように確信できるからこそ恋なのであり、好きな人に対する思いというものは、このように激しいものなのである。
その深く激しい想いをみごとに表現したところに、この作品の文学的達成がある。そして、この作品の爽やかさは、人の心が一面において変わりやすいという現実を、気持ちゆく薙ぎ倒している点にある。
「君にちかふ」 とズバリ言い切り、「とも」 「とも」 と重ねてゆく語法には、揺るぎない情熱が込められている。
単純明快にして豪快、これがこの歌の魅力といえよう。
【補 説】

この歌は、明治四十一年、吉井勇二十二歳の時作られた。
雑誌 「明星」 明治四十一年九月号に発表され、明治四十三年刊行の歌集 「酒ほがひ」 に収録された。 勇の代表作であり、明治末の歌壇に広く知られた。
万葉風のおおどかで雄壮な詠みぶりである。万葉集を尊重したのはアララギ派であるが、佐藤春男は 「吉井氏の歌風をこそ万葉風の正統をつぐもの」 と評価している。

【作者略歴】
明治十九年東京生まれ、昭和三十五年 (1960) 没、享年七十三歳。
伯爵家の二男に生まれた。早稲田大学中退。
「明星」 に加わり、のちに雑誌 『スバル』 を石川啄木などと創刊し、耽美主義の歌を発表した。
『祗園歌集』 (大正四年) 、『人間経』 (昭和九年) など多くの歌集のほかに、戯曲や小説も執筆した。
(上智大学教授 小林 幸夫)