くれなゐの  しゃく のびたる  の  はり やはらかに 春雨はるさめ
【作 者】 正岡まさおか
【歌 意】
紅色の薔薇の芽が伸びて、二尺ほどの高さになった。若い芽なのでやわらかくて、そこに春の雨が降り注いでいる。
【語 釈】
○二尺==約六十センチ
【鑑 賞】
『竹の里歌』 所収。
鑑賞の要点は二つある。
一つは、 「くれなゐ」 という色と、 「二尺のびたる」 という長さによって、薔薇の若々しさを的確に形容している点。
薔薇は和歌的景物としては珍しく、むしろ漢詩的な素材だったので、その点でも斬新であった。

もう一つは、薔薇の芽に春雨が降るという点。
木俣修が指摘する (『近代短歌の鑑賞と批評』 <明治書院>) ように 「やはらかに」 は 「薔薇の芽の針」 と 「春雨」 の双方に掛かっていると見てよい。
「春雨」 は、和歌的伝統の上ではやわらかで暖かなイメージがあり、そのような雨が、まだ若い芽のやわらかさとよく親和して、美しい光景を創り上げている。この組み合わせの妙は、子規が俳人としてすぐれていたところから来ているものであろう。

以上二点が 「の」 の四度も繰り返すことによってリズミカルに歌われるところも好もしい。
斎藤茂吉は、「丁寧でもあり、鋭敏でもあり、滋味もあり、秀潤でもあり俳句の方で養った力量を和歌にうつして、はじめは手馴れなかった、たどたどしかった歌も、歳月を閲して来て、ここに到り着いたといふ気持のする歌である」 ( 『子規短歌合評』 ) と指摘しているが、さすがに鋭い。
【補 説】
この歌が 「日本」 に発表されたのは、明治三十三年 (1900) 、子規が三十四歳の時であった (二年後に彼は結核でこの世を去る) 。その年の四月二十一日に詠まれている。
前年末、病室の障子をガラスにしたため、、これまで見えなかった景色も視野に入ることになった。そこで生まれた 「庭前即景」 十首中の三首目が 「くれないの」 の歌である。
「日本」 掲載時には四句目が 「やはらかに」 という語が薔薇・春雨という二つの景物に掛かって全体をやわらかな印象に包み込んでいるところが作品の急所なので、改作は間違いなく正しかった。
【作者略歴】

慶応三年 (1867) 生まれ、明治三十五年歿、享年三十六歳。
松山出身。東大国文科を中退し、日本新聞社に入る。
俳句革新を提唱し、その門下には高浜虚子・河東碧梧桐らがいる。俳誌 「ホトトギス」 を全面的に応援した。
短歌でも活躍し、「歌よみに与ふる書」 では 『万葉集』 を高く評価した。
子規が創設した根岸短歌会からは伊藤左千夫・長塚節らが出た。
『墨汁一滴』 『病状六尺』 『仰臥漫録』 などの随筆も名高い。

(学習院大学教授 鈴木 健一)