父親の教訓は骨に刻みつけられており、先帝のお言葉は今もなお耳もとに熱く残っている。
十年間、たくわえ積んだ熱血の誠は、今日直ちに賊軍の白刃の前に、そのしぶきを挙げようとしているのである。
思えば天子の御前からおいとまを頂いて、再びここに戻り、如意倫観音菩薩の前にひれ伏して、血の涙と共に、その加護を祈るのである。
志を同じくする武将・兵卒百四十三人、その志を三十一文字にの和歌一首に表して、これを観音堂の扉に鏃を以て書き残した。
その文字は扉に刻みつけられるや、その輝かしい光を発するかのごとくであった。
戦場となるべき北方四条畷を見やれば、戦気は熟して、あやしげな気が漂っている。
賊将は高師直である。 かれが首級を得なければ、わが首を彼に与えよう。
天の神々も地の神々も何とぞこの決意をご覧下さい。 成功・失敗は天命である。
小さな存在でしかない人間のあれこれ言う余地のないことでである。この全身全霊を一点に集中した大いなる気は、この天地の間に渡り拡がって永遠に存在しつづけるであろう。
諸君、見給え、芳野山中如意輪堂の扉に記した鏃の跡を。
それは今に至るまで生き生きと活動し躍動する忠烈の魂そのものなのだ。
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