重なり連る多くの山々を踏み分けて、後醍醐天皇の御跡を追い奉ったがとうとう御乗物に追いつけず、今日は 何れのところに在せられるのであろうか。 只一人蓑をつけ一匕を懐にして虎狼の渕にもたとえるべき賊兵どもの 巣窟に忍び入った。 国に報ゆるの赤心があっても一人での力ではどうにもならない。 今一度天皇の御代に回そ うとしても手に何も持たないのでは致し方ない。 せめて赤心を留めて大御心をお慰め申し上げようと桜樹を削っ て 「天莫空勾践時非無氾蠡」 と両行の字を書いたのであった。