しゅん じつ さん そう
有智子内親王
807 〜 847

せき せき たるゆう そう さん じゅうち
せん 輿 ひと たびくだいち とう
はやし ちょう しゅん たく
たにかく るるかん につ こう
せん せい ちかほう じてしょ らい ひび
さん しょく たか れて つなら
れよりさらおん あつ きを
しょう がい なに ってかきゅう そうこた えん
寂寂幽莊山樹裏

仙輿一降池塘

棲林孤鳥春澤

隠澗寒花見日光

泉聲近報雷響

山色高晴暮雨行

從此更知恩顧

生涯何以答穹蒼

(通 釈)
静寂で奥深く、鬱蒼と樹木の茂る山荘へ、天皇の御輿が臨御された。そこは池の畔り、林に棲む鳥も春の恵みに喜び、谷間にひっそり咲いている花も日の光を仰ぎ見る。 私の寂しい心も同じ思いである。
泉の声が初雷のように響き、山は高く晴れ渡り、麓では夕暮れの雨が降っている。
私の心はうきうきとして、天皇の慈愛がどんなに深いことかを、改めて知るのだが、生涯どのようにして、大空のような高く深い御恩におこたえしたらよいものであろうか。

○山荘==内新王のおられる賀茂斎院 (現在の下鴨神社の辺り) 。
○寂寂==さびしく静かなさま。
○幽荘山樹裏==嵯峨の奥深くにある草木に囲まれた幽寂な山荘。
○仙輿一降==仙人の輿、すなわち天皇の御輿が臨御される。仙は山に入って不老不死の術を得た人のことをいうが、転じて上皇・天皇に関する語につける。
○池塘==池のつつみ。池のほとり。
○棲林孤鳥==林に棲むただ一羽の鳥。賀茂斎院としてさびしく暮らしている作者をさす。
○春沢==春のめぐみ。天皇から受ける暖かいめぐみ。
○隠澗寒花==谷間に隠れてわびしく咲いている花。作者にたとえる。澗は山あいにある川。谷川。
○泉声近報==泉の声が近くに聞える。
○初雷==夏の始めに鳴る雷。天皇行幸の賑わいをそれとなくいう。
○山色==山の景色。天皇の御気色をいう。
○暮雨行==夕暮れの雨が行列をなしている。
○渥==てあついこと。
○穹蒼==大空。天のようにありがたい恵みの意味から天皇の恩沢をいう。穹蒼は弓形になっている青空の意から大空をいう。


(解 説)
弘仁十四年春二月、嵯峨天皇が有智子内親王の賀茂斎院の花の宴に行幸され、文人たちに春日山荘の詩を作らせた。 この詩は、その時作られたもの。
天皇はこの詩を賞讃し、内親王を三品に叙せられた。時に内親王十七歳であった。
この間の事情は 『続日本後記』 (十七) の承和十四年十月二十六日の記事に作品とともに詳しく記されている。
(鑑 賞)
「寂々とした山の木々に囲まれた山荘へ、天皇が御輿に乗っておでましになられた」 とまず、天皇の臨御あそばされたことについて、みずからの感謝の気持ちをあらわし、周囲の情景を細かくとらえ、それから転じて、天皇の慈愛深さに感謝する心を詠っているのは、いかにも繊細な神経に恵まれた女性の作品らしい。