じょうさく
室 鳩巣
1658 〜 1734

じょう みず そらつなら
ばん きょ 目撃もくげきうち
じょう てんひた してたが いにこう
群山ぐんざん わか っておのおの 西東せいとう
そん遠樹えんじゅ まよ
ひゃく しゃくちょう きょう 彩紅さいこう
ひとおぼ芳洲ほうしゅう逸興いつきょうしょう ずるを
らずこころ 幾人いくにんおな じき
琵琶湖上水連空

萬里虚無目撃中

畳波涵天迭高下

群山分地各西東

孤村遠樹迷圖畫

百尺長橋飛彩紅

獨覺芳洲生逸興

不知此意幾人同

(通 釈)
琵琶湖の水は遠く天に連なり、茫々と果てない万里の広さが目に映る。
ただ波が彼方から押し寄せ、重なり合って天をも揺るがすばかり。周囲の山々は一国を二分して東西に連なり、かすかに望まれる樹々包まれた一村はまさに絵の様に美しく、一方、瀬田の唐橋は色鮮やかな虹が中天にかかっているかと思うようである。
独り、舟に乗って琵琶湖に遊び、杜若などが香ばしく匂う芳洲にいると、風流文雅の楽しみは尽きることなく沸いてくる。だが、このわが心を解し得る人が他に居ることであろうか。

○虚無==茫々として一物も無きさま。虚空、大空。
○目撃==実際にはっきり見る、その場で直接に見る。別に、ちょっと見る、ひと目見る、つまり瞥見の意がある。
○畳波==折り重なって押し寄せる波。
○迭==たがいに、かわるがわる。
○群山==群がり聳える山。多くの山々。
○孤村==ぽっつり離れた寂しい感じの村。人里離れた一村。
○遠寿==遠方に望まれる樹々
○彩紅==美しい色どりの虹。
○芳洲==香草の花の咲く汀洲。
○逸興==世俗を超越して秀れた風流の趣。風流文雅の楽しみ。


(解 説)
琵琶湖上に遊んで、湖上の景を詠んだもの。琵琶湖とその周辺の雄大な山水の美を述べ、最後に、自分の感慨を詠んで結んでいる。
(鑑 賞)
琵琶湖は滋賀県中央部を占める我が国最大の湖。近江国はかって、 “都に近い湖の国” という意味から近淡海国 (チカツオウミノクニ) と呼ばれた。
琵琶湖もこの意味から淡海・近江海、さらには湖岸の野州郡 爾保郷の地名と鳰 (ニオ) が多く棲んでいたことより鳰海 (ニオノウミ) と呼ばれたが近時は形が楽器の琵琶に似ているところから琵琶湖と呼ばれるに至った。
『古事記』 には応神天皇の竹生島・沖の島の御製が、また 『万葉集』 には高市黒人 (タカチクロヒト) の彦根磯崎の詠があるのえおはじめ、大化改新によって、近江国が東山道の大国となり、国府が湖尻の瀬田に置かれ、天智天皇八年 (667) には、近江大津宮 (オウミオオツノミヤ) が制定され、天智・弘文二代五年の宮居となったところから長く宮廷人の心に影をとどめ、淡海 (オオミ) ・近江之海 (オオミノミ) はよく詩歌にうたわれている。
鳩巣の生前、寛永元年 (1624) に湖水南部の風景を中心に 「近江八景」、が設定され、それ以降も詩歌の題材として多く詠われているが、陳腐なものが少なくない。
鳩巣のこの作品は、そうした作品を戒めるようなすばらしいものである。学者の作であるが、道徳的な感じはさらsらない。中国の詩文を十分消化した鳩巣ならではの出来栄えだ。