ぐう せい
横井 小楠
1809 〜 1869

とう かい とう ほく えつゆき

くまでこう けいひゃく こうかたむ

じゅう ねん かぎふう じんかく

ざん して せい
東海波濤北越雪

飽看光景傾百?

十年無限風塵客

歸臥故山聽雨聲

(通 釈)
東北や北越では、今にも戦いが会が始まりそうな雲行きである。しかし、私は決して口出しをせずに傍観者に徹して、好きなだけ酒を呑んで日々を暮らそう。
顧みれば、この動乱の世に十年も飽きずに世事に奔走したものだ。だからこそいまは、故郷に帰って俗塵を洗い流し、雨の音でも聴きながら心閑かに暮らしているのだ。

○東海波濤==東方戦争勃発の間近いことをいう。
○北越雪==北越の地に戦端が開かれようとしていることを寓意的に、こういっている。
○看光景==天下の形勢を傍観すること。
○? (コウ) ==角製のさかずき。杯と同義。
○風塵客==世俗のことに煩わされる人物。官途について動乱の中に生きてきた自分を指す。
○帰臥==故郷に帰って退休すること。  ○故山==故郷。


(解 説)
文久二年 (1862) 、松平春嶽に大政を奉還すべきことを建議したが、そのために刺客に襲われ、危うく脱れた。その時、資格と争いもせずに脱げ出したのは士道にももとるとの理由で俸禄を召し上がられ、元治元年 (1864) 熊本郊外の沼山荘に引きこもった。
明治元年 (1868) に新政府に徴されるまでの四年間は、比較的穏やかな日々を過ごすことが出来たのであるが、大政奉還とともに、奥羽二十五藩が白石城に会盟して、仙台の伊達公を盟主として薩長討伐を約し、また、越後長岡の牧野藩ほか六藩がこれに加わって奥羽越列藩同盟が成立して、東北と越後の地は風雲急を告げていた。
この詩は、そうした状況を横目で見ながら、われ関せずと閑適を楽しんでいることを述べている。
偶成とは、たまたまできた詩という意味である。
(鑑 賞)
故郷に帰って、悠々自適の日を過ごす小楠の心境を詠う。つまらにことで俸禄を召し上げられたのを、むしろよい機会として、俗世の煩わしさから解放されて、故郷の山河の中に暮らす自分には、天下の形勢など何であろう、と、起・承句は述べている。
故郷の雨は、あたかも、十年間にしみついた俗塵を洗い流してくれるようである。結句の 「聽雨聲」 の語に、当時の小楠の心の閑かさがよく表れている。