秋思

秋（しゅう）思（し）
許（きょ）渾（こん）
971 ～ 854?

琪（き）樹（じゅ）の西（せい）風（ふう）枕（ちん）簟（てん）の秋（あき）

楚（そ）雲（うん）湘（しょう）水（すい）同（どう）遊（ゆう）を憶（おも）う

高（こう）歌（か）一（いつ）曲（きょく）明（めい）鏡（きょう）を掩（おお）う

昨（さく）日（じつ）は少（しょう）年（ねん）今（いま）は白（はく）頭（とう）

琪樹西風枕簟秋

楚雲湘水憶同遊

高歌一曲掩明鏡

昨日少年今白頭

(通釈)
美しい庭の大木に秋風が立ち、枕やたかむしろが冷ややかなものを感ずる秋。
むかし、楚山、湘水の辺りを一緒に遊んだ人を思い出す。思わず声高らかに一曲を歌い、歌い終って鏡をおおいかくした。ああ昨日までの紅顔の美少年は、今はもう白髪の老人になってしまったのだ。

○秋思＝＝楽府の一題。秋のもの思い。普通は女性が秋に夫、恋人を思う気持ちを詠ずるのを主題とする。この詩では作者が自分の老衰を嘆じて詠ったものである。
○琪樹＝＝崑崙山 (中国の西方にあると考えられた仙山で、仙女西王母がここに住む) の北にある玉のなる木。ここは庭の木を美しくいったもの。
○西風＝＝秋風。
○枕簟＝＝枕と、たかむしろ (竹で編んだむしろ)。寝具をいう。
○楚雲湘水＝＝楚山の雲、湘江の水で、楚雲湘水の辺りを行遊したこと。ここは巫山の女神と湘君の故事にかけて、作者が美女達と遊んだことをいうのだろう。
○高歌＝＝声高らかに歌うこと。
○掩明鏡＝＝自分の老衰した顔を見るに忍びず、すぐ鏡を掩いかくしたこと。

(解説)
秋に感じて、楚山湘水の間を遊行したことを思い、自分の老衰を嘆じた詩。

(鑑賞)
自分の白髪を見て老いを嘆ずるのは、王逸 (オウイツ) の「九思 (キュウシ) 」の「憫上 (ビンジョウ) 」に始まるが、唐代になっても、張九齢の「鏡に照らして白髪を見る」や李白の「秋浦歌」などある。
この詩は晩唐の詩らしく、張・李の二詩に比べるといかにも繊細である。
『唐才子伝』によれば、許渾は白昼夢に崑崙山に登り、そこで一美人に詩を求められた。しかし、まだ詩が出来上がらないうちに夢からさめたため、
「暁に瑤（よう）台（だい）に入れば露（ろ）気（き）清し。庭（てい）中（ちゅう）惟（た）だ見る許（きょ）飛（ひ）瓊（けい） (仙女の名、西王母の侍女) 。塵（じん）心（しん）未（いま）断（た）たず俗（ぞく）縁（えん）在（あ）り。十里山（やま）を下れば空月明らかなり。」
と吟じた。
またある日夢で山中に行き、前の美人に会ったところ、その女は、「あなたはなぜ私の名を世間に知らせたのか」といったので、第二句をすぐ
「天（てん）風（ふう）吹き下（くだ）る歩（ほ）虚（きょ）の声」
と改めたので、美人は「大変結構です」といったということである。
このことからもわかるように、許渾は仙を好んでいた。この詩中の「琪樹」や「楚雲湘水」にも、この仙を好んだ許渾の性格をうかがい知る事が出来る。
前半は、西王母や巫山の女神、湘夫人などの伝説を織り込んで、ロマンチックな、夢のような追憶の世界を描き、思わず声高く歌って、ハッと気がつき、鏡をおおってしまう。もう紅顔の美少年の姿は、とうに白髪の人になっていたのだ。「高歌一曲」が、実に効いている。うまいものである。美しく悲しい詩である。