鹿 しま かく ちゅうさく
亀井 南冥
1743 〜 1814


いえ ちくくう めいさん

かく ろう じょう

こう げつ なん めい なみ おどろ かず

あきたかいつ ぴゃく じょう
誰家絲竹散空明

孤客倚樓夢後情

皎月南溟波不駭

秋高一百二都城

(通 釈)
どこの家で奏でているのか、琴や笛の音が月光に照らされて明るい夜空に広がっていく。
いま、夢からさめ、孤独の旅人である自分が、旅館の欄干にもたれて、この調べを聞いていると、旅愁をかきたてられる。
見渡せば、月は皎々と照り渡って、南方の大海は波もなく穏やかである。
この百二の都城を持つ鹿児島に、秋空は高く澄んでいる。

○糸竹== 「糸」 は琵琶などの弦楽器、 「竹」 は笛などの管楽器をいう。琴の類と笛の類。
○散空明==月光に照らされて透き通るように明るい空に、笛の音が響き渡ること。
○孤客==たった一人の旅人。
○皎月==白く輝く月光。   ○南溟==南方の大海。
○波不駭==波が穏やかなさま。


(解 説)
鹿児島に旅行し、十三夜の月を見て、その旅愁を詠じたもの。南冥は、安永四年 (1775) 、三十三歳の夏、門人緒方周蔵を従えて、八月十八日に福岡を発ち、九月一日から二十七日まで鹿児島に滞在し、十月十二日に帰宅している。この間のこと 『南遊紀行』 に詳しく述べられている。

(鑑 賞)
この詩は一読して気づくように、李白の 「春夜洛城聞笛」 から脱化したものである。李白の詩が、古都洛陽を舞台に春の夜の笛を詠うのに対し、この詩は南溟の地鹿児島を舞台に秋の夜の月を詠ずる。
古都の華やかなムードは一変して、最果ての孤独な静けさがあたりを包む。
海を照らして高くかかる月の姿が何と言っても印象的である。