しゅん じつ いえかえ
正岡 子規
1867 〜 1902


くるまうま ってはやかえきた

ひと たびそう しんえつ すればよろこおのずかもよお

しょ しょ うぐいす いてはる うみ たり

えんほう じゅ われ ってひら
乘車騎馬早歸來

一謁雙親喜自催

處處鶯啼春似海

故園芳樹待吾開

(通 釈)
車に乗り、あるいは馬に騎って急いで家に帰って両親の顔を見ると、自然と喜びが湧き上がってくる。
帰りの道々、また、家の回りの到るところに鶯が啼いて、目に映る春の様子は海にも似て爛漫である。ふるさとのわが家の木々が、自分の帰郷を待っていたかのように花を美しくつけている。

○双親==父母。なお、この詩は課題作であるから、父母を出したが、子規は五歳で父を失っている。
○自==自然と。
○処々==あvひらでもこちらでも。
○春似海==春の草花が風に揺れ、波打っている様子を海に例えたもの。
○故園==ふるさと。 ○芳樹==花の咲く木。


(解 説)
春の日、久方ぶりで両親のいる家に帰り、その喜びを詠じたもの。
明治十年 (1879) 作者十二歳の時の作である。春の日、久方ぶりで両親のいる家に帰り、その喜びを詠じたもの。
明治十年 (1879) 作者十二歳の時の作である。
(鑑 賞)
家に帰った嬉しさと、春到来の嬉しさとに溢れる詩である。
車に乗り馬に騎って、一刻も早く家に帰り着きたいのは、久しく見ぬ親の顔見たさであろう。 いかにも少年の試作らしくほほえましい。
家に帰り着き、親の顔を見た嬉しさに重なるように、鳥啼き花咲く春がやって来た。その様子を 「春海に似たり」 と表現したのは機智に富んでいる。この詩も実際の体験を詠ったものではなく、題詠であろう。