ふね しま
正岡 子規
1867 〜 1902


ばん きた ろうかぜ

おう つい すればすでくう

せい ざん いつ たい ひと えず

ただ たん のう えん むる
萬里吹來破浪風

追思往事已成空

青山一帶人不見

唯有淡濃烟霧籠

(通 釈)
今、舟で行き過ぎようとするこのあたりには、波も吹きちぎれんばかりに風が強く吹きつけてくる。
対岸はちょうど屋島である。思えば、源平合戦の昔、この地で激しい戦いが繰り広げられたのであるが、今となっては空しく、その跡を留めるものとてない。
屋島の一面青々した山なみのあたり、人の姿も見えない。ただ濃く薄くもやが立ち籠めているばかりである。

○万里==あたり一帯。
○破浪風== 「浪」 は波を吹き飛ばすように強く吹き抜ける風。
○往事==屋島に於ける源平の合戦を指す。
○空==今日では跡を留めるものもない。
○青山==青々と茂る山脈。
○一帯==ひと続き、あたり一面
○烟霧==煙と霧。もや。かすみ。
○籠==烟霧が立ち籠めている。


(解 説)
瀬戸内海の船旅で屋島 (八島) 付近を通過した時、海風を浴びながら源平合戦の往時を懐古して作ったもの。
『東海紀行』 所載の七絶。瀬戸内海遊覧の折に、屋島の源平合戦に思いをいたし、感じ入って作った詩であろう。
(鑑 賞)
八嶋のあたりを舟で行けば、遠く吹く風に立つ白い波がしらが、源氏の軍勢の怒涛の如き姿にも、また、算を乱して逃げ惑う平家の敗残のさまにも見えてくる。 ふと、我に返るとすべては消えて、ただ浪の広がりがあるばかり。
前半、何気ない詠いぶりだが、 「破浪の風」 がよく効いて老練な手腕を感じさせる。
後半は、濃淡のもやの中にすべてを包み込み、茫々たる懐古の気分をかもし出す。力まずに感傷の情を詠い上げた、上乗の作である。