(大 意)
尊氏の肉には食い下がるべく、直義の骨をも打ち砕くべき敵愾心が盛り上がっている。
誓って父正成の遺志を継いで直ちに皇運を挽回せんとする正行の義旗が一度動けば、天地も震動し北敵尊氏方はこれを疾風迅雷のように怖れおののいている。
今日は一敵を、明日は一賊を と斬りつつ師直の間近まで迫ったが敵兵の為遮られ遂に陣歿された。それがため陰雲は漠々として天地も又暗黒な時代となった。
正行公が未だ吉野に居られた時辨の内侍の危を救い後村上天皇は内侍を正行公に賜ったが正行は
「さても世に ながらふべくも あらぬ身の かりのちぎり をいかでむすばん」
と詠じて宮姫を斥けられた伝説がある。
これは蜀漢の諸葛孔明が武人として醜い妻を撰んだこととよく似通っている。
正行は全身全霊唯だ忠義で満たされ、他の何物にも一切心を動かすことがなかった。
正行公が出陣に際して天皇に拝辞せられた時の上奏、及び後醍醐天皇の御墓に詣でて、堂の壁に
「梓弓 引きかへさじと 思ふより なき数にいる 名をぞとどむる」
と書かれた真情は鬼神も慟哭するばかりである。
ああ青史を紐解けば忠孝両全たる者は実に稀であるがこの正行公こそは万世に互り臣子としての師表である。
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