しょう なん こう えい かい
元田 永孚
尊氏肉可食直義 骨可摧

誓述乃父志直挽皇運回

義旗一動天地震

北敵畏之如迅雷

今日斬一敵明日斬一賊

斬到師直頭陰雲漠漠天黯黒

嘗獻一詞斥宮姫

頗似諸葛擇醜妻

滿腔子唯忠義心

外物一點不能移

天泣天顔拝別日

鬼哭先廟題辭時

嗚呼忠孝兩全自古少

公是萬世臣子師
尊氏たかうじにく  ころ うべく
忠義ただよしほね くだく
ちか ってだい こころざしのべ べて
ただ ちに皇運こううん いてかえ さん
ひと たびうご いて てん ふる
北敵ほくてき これおそ るること 迅雷じんらいごと
今日こんにち  いっ てき
みょう にち  いち ぞく
って師直もろなおこうべいた りて
陰雲いんうん 漠々ばくばく  てん 暗黒あんこく
かつ て いっ けん じて きゅう しりぞ
すこ ぶる たり しょ かつしゅう さいえら ぶに
満腔まんこう  ただ  ちゅう こころ のみ
外物がいぶつ  いっ てん うつあた わず
てん く 天顔てんがん  拝別はいべつ
こく す せん びょう  だい するのとき

ちゅう こう  ふたつ ながら まった きは いにしえ より すく なし
こうこれ萬生ばんせい  しん

(大 意)
尊氏の肉には食い下がるべく、直義の骨をも打ち砕くべき敵愾心が盛り上がっている。
誓って父正成の遺志を継いで直ちに皇運を挽回せんとする正行の義旗が一度動けば、天地も震動し北敵尊氏方はこれを疾風迅雷のように怖れおののいている。
今日は一敵を、明日は一賊を と斬りつつ師直の間近まで迫ったが敵兵の為遮られ遂に陣歿された。それがため陰雲は漠々として天地も又暗黒な時代となった。
正行公が未だ吉野に居られた時辨の内侍の危を救い後村上天皇は内侍を正行公に賜ったが正行は
「さても世に ながらふべくも あらぬ身の かりのちぎり をいかでむすばん」
と詠じて宮姫を斥けられた伝説がある。
これは蜀漢の諸葛孔明が武人として醜い妻を撰んだこととよく似通っている。
正行は全身全霊唯だ忠義で満たされ、他の何物にも一切心を動かすことがなかった。
正行公が出陣に際して天皇に拝辞せられた時の上奏、及び後醍醐天皇の御墓に詣でて、堂の壁に
「梓弓 引きかへさじと 思ふより なき数にいる 名をぞとどむる」
と書かれた真情は鬼神も慟哭するばかりである。
ああ青史を紐解けば忠孝両全たる者は実に稀であるがこの正行公こそは万世に互り臣子としての師表である。