(大 意)
明治十年西南役に際し、薩軍の攻撃は急で、戦雲は熊本城を圧し、今にも陥ちんとした。
救援に赴いた乃木連隊は敵大軍の夜襲にあい乱戦中、河原林旗手は戦死した。連隊旗は本来臣がおお預かり申し上げたのであるからそれを賊軍に奪われた罪は重大である。これ臣のまさに死すべき一つの罪である。
旅順の巨砲千雷の如く鳴り響き、骨は砕け、肉は飛んで、血の雨が腥く降りそそぐこの激戦を敢えてした為にわが部下であった二万の子弟は戦死した。この多大の犠牲を払わしめた自分は、彼等の父兄に会わせる顔もない。これは臣まさに死すべき罪の二である。
二重橋から青山の大通りまでの行幸道路には万国の使臣が威儀を正して整列している。その中をしずしずと進ませ給う御轜車、それを曳き奉る牛の歩みもためらいがち。御轜車の金輪が、ゆるくきしって発するその七色の哀音は、さながら咽び泣くような響きである。
御轜車御出発の弔礼砲が響き渡ると、現生に於ける臣下の務めも今はこれまでと、自ら腹を切り、喉を刺したが、古来の形式に則したものであった。
その傍らには夫人が、膝も崩さず俯伏して居られるが白鞘の短刀で三たび胸を刺し、そのか弱き手は紅に染まっていた。
密封した遺書はまだ墨の後もにじんでいた。これを読むと己の似を責め世を誡める情が最も痛切で、一言一句すべて将軍の情熱が迸ったもの、その忠誠には鬼神も哭し、天地もまた泣いた。
ああ、将軍は一身を捧げて君に殉じて、臣下としての節操を固く守り遂げ、夫人は生命を捨てて夫に殉じて、妻としての道を全うされた。
この忠烈の魂と貞淑の霊とは、永久不滅で、未来永劫に桃山御陵に侍し奉ることであろう。
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