りゅう ざん くすの ちゅう じょううた
元田 永孚

笠山兀 天歩艱

南木下 帝座安

天皇思賢賢未得

忠臣戀君君不識

何知君臣至誠感

一夜爲夢在帝側

想見望山揚鞭來謁此

山木風動生気色

天顔含喜面傳勅

仰瞻進拝涙先拭

跪言君許臣臣豈不許

臣不死君何憂賊不殕

以智制勇易與耳

必勝妙算存臣臆

大計已定立談間

囘天一頼乃公力

嗚呼龍雲感會長如此山

南山之翠豈再攀

嗚呼噫?南山駕

豈終不還

りゅう ざん  ごつ として てん  なや
南木なんぼくもと  てい  やす
天皇てんのう  けんおも いたもうて けんいま
ちゅう しん  きみ うて きみ りたまわず
なん らん 君臣くんしん  ちゅう せいかん
いち  ゆめ となりて 帝側ていそく に 
おも る やまのぞ み みちきた り ここえっ
山木さんもく  かぜ うご いて  しょく を しょう
天顔てんがん  よろこ びをふく んで まのあた り みことのりつた えたもう
ぎょう せん  すすはい して なみだ ぬぐ
ひざまず いて う きみ  しんゆる したもう しん あに  ゆる さざらんや
しん   せざれば きみ なん ぞ ぞくたお さざるを うれ えんや
ってゆうせい せば くみやす きのみ
ひっ しょう の みょう さん は しんむねそん
大計たいけい  すでさだ まる立談りつだんかん
回天かいてん  いつ る 乃公だいこうちから
 りゅう うん 感會かんかい  とこし えに やま の ごと
南山なんざんみどり  あに ふたた じんや
   南山なんざん
あに つい に かえ らざらんや

(大 意)
笠置の山は高く聳えて径は険しく行幸も大変な御難儀を重ねたれつつ漸くのことに行在所に着かれたが其の後の御計画も誠に御困難なことであった。
此の時に当り天皇を安らかにお護り申上ぐる抜群の忠臣が現れた、其れは楠木正成である。
天皇は何処かに、よき賢臣や忠臣がなきかとお捜しになるが、なかなかに見当たらなく、又正成は天皇をお慕い申し上げているが天皇は此を知り給わぬ、ところが君臣至誠の霊感は実に不思議なものである。夜天皇の御夢枕に童児が現れ、南木の下へ安坐申し上げたので、翌日天皇は早速南木 即ち楠を捜し出さしめ、笠置に正成を召されたのである。
正成は馬に乗り鞭を揚げて笠置山に馳せ参じ此に拝謁をする。意気消沈していた笠置山の軍勢は初めて勢いを得て正気が生じてきた。天皇は御顔にお喜びの色を帯びさせ給い直ちに討賊の勅を下し給うた。
そこで正成は仰ぎ見て御前に進み拝して先ず有難き嬉し涙を拭い、跪いて恭しく、陛下が賊を討つことを私に御下命戴きました以上は、私がどうして此をお引き受けせずに居られましょう。私が生きて居ります以上は、どうぞご心配下さいますな、必ず賊を倒し申上げます。知略を以ってすれば武勇を制するのはいと易いことでありまして、必勝の妙算は私の胸の内にありますと献言。勅奉受した。
鎌倉幕府を討つべき大計画も茲に於いて已に寸時の間に定まり、回天の事業は一つに正成の力に頼って転回を始めたのである。
ああ、龍は雲を呼び雨を降らすと云われるが、天皇と正成とが夢によって君臣感会したことは笠置の山と共に長しえに伝わるであろう、唯正成の意途半ばにして成らず再び翠の南山に攀じ登ることも出来ず遂に鳳駕も亦南山に還ることを得なかったのは真に残念なことである。

○笠山==笠置山。
○兀==高く聳え上の平なるところ。
○南木下==ここでは楠正成公をいう。
○許臣==臣に請合わせる。
○豈不許==必ず請合うとの意。
○何憂==心配いらぬ。
○賊不殕==必ず賊を斃しつくすとの意。