ヨシ カイ
梁川 星巖
1789 〜 1858


今来コンライ オウ コト 茫茫ボウボウ

セキ コエ ホウ

ハルオウ って満山マンザン シロ

ナン チョウテン ギョ コン カンバ
今來古往事茫茫

石馬無聲抔土荒

春入櫻花滿山白

南朝天子御魂香

(通 釈)
ここ芳野山の塔尾の陵に来てみれば、昔から今に至るまでのことは、ただ茫茫としてまるで夢のようである。
陵の前の石の馬は嘶きもせず、ひっそりとして荒れ果てたこのありさまは、誠においたわしい限りである。
ところで、今は春、桜花の季節になったので花の名所のこの山はことごとく真っ白で、本当に美しい。
さじかしここに眠り給う天子 (後醍醐天皇) も、昨日今日はこの美しい景色に心を慰めたまい、花の香を全身に浴びさせられ、御魂も香ばしくにおっておられることであろう。

○今来古往==古から今に至るまで。
○茫茫==ぼんやりとして遠いさま。
○石馬==中国で陵墓に立っている石造りの馬。
わが国ではそうした風習はないが、中国の慣習にちなんでこう表現した。
○抔土==手で掬うほどの土、一つまみの土。転じて陵墓の意。ここでは後醍醐天皇の塔尾 (トウノオ) 陵をいう。
○南朝天子==後醍醐天皇をはじめ南朝の天皇。


(解 説)
春、桜花の季節に芳野の南朝の御陵で昔を追懐しての作。
同題二首中の第一首。芳野三絶の一と称される。
(鑑 賞)
起・承句は石馬を点出して古陵の荒廃を嘆き、転・結句は満目白一色の桜の雲に埋もれて、み魂もさだめし香ばしくおわすことだろうとて、しいて自らの心を慰めている。
難解の語も用いず技巧も凝らさず、勤王の情熱を内に込めながら、詩の姿はなだらかであっさりとしている。