(通 釈)
いつの頃のことか、東夷ウタリの酋長の娘ピリカメノコは、一人若者と恋に落ち、二人は結婚を約束して毎夜の逢瀬を楽しんでいた。
父である酋長は自分の跡を継いでウタリを治めるのにふさわしく更に狩猟にすぐれた屈強な若者を娘の婿にと、密かに決めていた。
そのために娘の願いは聞き入れられないばかりか、酋長が決めた男との結婚を強要されたのである。
娘は乙女心の一途から、絶望のあまり、遂に阿寒湖に身を投じてしまった。それ方間もなくこの湖に真ん丸な水藻が生息するようになったのである。
神秘な煙を遠い昔から噴きつづける阿寒岳。その山に囲まれた阿寒湖もまたいつの世からか青く深い水をたたえ続けている。悲恋の夷姫ピリカは若く美しい身を純潔のまま、之の湖底に沈めたのである。
湖底に身を投げて自らの命は断ったが愛するひたむきな気持ちから毬藻という姿となって生まれ変わり、丸い緑色の美しい姿に恋情をこめているのである。
晴れた日に湖面に浮かび上がって漂っているのは恋人の姿を捜し求めているようであり、また悲しげに湖の外に向かって何事かを語りかけているようである。
天気の悪い日に湖の底に沈んでいるのは、恋人との離別を悲しんでいるようであり、また、一人かたわれの身となったことを淋しく泣いているようでもある。
ああ、このマリモにこのような悲恋と純情が秘められていることを一体誰が知っているだろうか。
今は、この地を訪れる心ない観光客が、マリモの美しさに魅せられて、持ち去るという無神経ぶりで、嘆かわしい限りである。
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