橋(きょう) 上(じょう) 月(つき) に 立(た) つ
村上 佛山
文化七 (18106) 〜 明治十二 (1879)

低首月在水

擧首月出雲

我來橋上立

對影爲四人

此景未上古人筆

豈無一詩寫清新

高吟驚起雙白鷺

飛入蘆花不見痕


首(くび) を低(た) るれば月(つき) 水(みず) に在(あ) り
首(くび) 挙(あ) ぐれば月(つき) 雲(くも) を出(い) ず
我(われ) 来(きた) りて橋(きょう) 上(じょう) に立(た) つ
影(かげ) に対(たい) して四(よ) 人(にん) と為(な) る
此(こ) の景(けい) 未(いま) だ古(こ) 人(じん) の筆(ふで) に上(のぼ) らず
豈(あに) 一(いつ) 詩(し) の清新(せいしん) を写(うつ) すもの無(な) からんや
高吟(こうぎん) 驚(おどろ) き起(た) つ双(そう) 白(はく) 鷺(ろ)
飛(と) んで蘆(ろ) 花(か) に入(い) って痕(あと) を見(しめ) さず

見下ろすと月が水の中にあり、見上げると月は雲間に現れている。
私が橋の上に立つと、私の影と月と月の影とを数に入れて、四人になる。
このような景色が古人の筆にのぼって、詩に歌われたことはなかったが、なんで清新さを書き写す詩がなくてよかろうか、このような景色はこれまでにない清新な詩によってこそ活写しうるのである。
高らかに詩を吟ずると一つがいの白鷺がびっくりして飛び立ち、蘆の花の中へ飛んで入って、何処へ行ったのかすっかり分からなくなってしまった。