垂れこめる密雲、その中から怪しげな星が時々陰惨な光をのぞかせている。これが現在の世相である。
自分は、その密雲を排し、その妖星を除かねばならないと念じ、力を尽くした結果、運悪く捕らえられて江戸に送られ、今は獄中の身となった。
一体、当事者は、この国難に対し、なんらなすこともなく、些かの世界観もなく、祖国の名誉も考えず、ただ臆病風にとりつかれて、日夜いたずらに憂慮するのみというありさまだ。
そのために、天に懸かる月の光の如くあまねく世を照し給う御稜威も、光輝を欠くに至ったのだ。
自分が斬首されることは時間の問題である。家の事も心にかからぬではないが、それよりももっと大きな心配がある。故に家には一本の手紙も出さず、また便りがなくとの気にならない。国のことを思うのみである。
昨夜は夢を見た。大きな鯨を斬り剣が鳴ったので眼を覚ました。
こうして、もゆる思いを抱いて首を斬られても、何も知らぬ人達は自分を極悪大罪人として取り扱うだろう。
しかし、墓石に苔がついた頃、はじめて 「日本の古狂生」 と名付けてくれる人があるかも知れない。
|