にい がた宿しゅく
吉田 松陰
天保元 (1830) 〜 安政六 (1859)
排雪來窮北陸陬

日暮乃向海樓投

寒風栗烈欲裂膚

枉是向人誇壯遊

男兒欲遂篷桑志

家郷更爲父母憂

父母憂子無不到

應算今夜在何州

枕臥夢驚燈欲滅

涛聲如雷夜悠悠

ゆきはい たってきわ北陸ほくりくほとりく   ひく れてすなわ海楼かいろうむか ってとう
寒風かんぷう 栗烈りつれつ はだ かんとほっす  げて是人これひとむか って壮遊そうゆうほこ
だん げんとほっ篷桑ほうそうこころざし    きょう さら うれい
うることいた らざる
  まささん すべしこん いずれしゅう るかと
まくらゆめ おどろ いてともしび めっ せんとほっ す  涛声とうせい らいいごとよる 悠悠ゆうゆう


降りしきる雪を払い、積もる雪を踏み分け、北陸のはてへと歩きつづけて、新潟の海辺近くの宿に着いたのは、日もすっかりと暮れたあとであった。
雪とともに吹く風は冷たく、肌をも裂くばかりであったが、人に向かっては何事もなかったかのように、自分たちの壮挙をのみ誇らしげに語るのであった。
自分は今天下の志を遂げんとしているが、そのことがかえって郷里の父母の憂いとなっているに違いない。
親が子を思う気持ちは子供には計り知れないものがある。さぞかし今夜も、あの子は今頃どこに居るのだろうかと、指折り数えている事であろう。
枕に臥し夢に驚いて目覚めてみれば、行燈の火は正に消えんとする真夜中である。
外では波の響きが雷の如き音をたてて、自分のこんな思いなど知らぬげに鳴り響いているのである。