きち とうげたたか
佐々 友房
安政元 (1854) 〜 明治三十九 (1906)
君不見吉次險險於城

突兀摩空路崢エ

烟籠高瀬河邊水

風捲三獄峯上旌

一朝傳警笑相待

忽聞千軍萬馬聲

硝烟爲雲丸爲雨

壯士一命鴻毛輕

吶喊聲和巨砲響

山叫谷吼乾坤轟

砲聲絶處松聲寂

一輪皎月照陣営
きみ ずやきち けんしろ よりもけん なり  突兀とっこつ そら してみち 崢エそうこう
けむり りはたか へんみず   かぜさんたけ 峰上ほうじょうはた
一朝いっちょう けいつた えてわら ってあい てば  たちまち千軍せんぐん まんこえ
硝烟しょうえん くもがん あめ る  そう 一命いちめい 鴻毛こうもう よりもかろ
吶喊とっかんこえ巨砲きょほう してひび き  やまさけたに乾坤けんこん とどろ
砲声ほうせい ゆるところ 松声しょうせい しずか なり  一輪いちりん皎月こうげつ 陣営じんえい らす

君は知っているだろう。吉次峠の峻険さは城壁を登るよりも困難だということを。
崖は切り立ち、道は険しい。高瀬川から上る霧に視界も定かでなく、三ノ岳の峰の風が旗指物を吹き上げる。
一たび敵襲が伝わり、笑って相対すれば、たちまち千軍万馬の敵が押し寄せてくる。
硝煙は雲のように立ち、銃弾は雨のように降り注ぐ。勇敢な兵士の生命は、鳥の羽よりも軽い。
敵陣に突入の鬨の声が砲声と共に山に叫び、谷に吼え、天地を轟かせて響く。
やがて、砲声が絶え、松の梢をわたる風声も静寂な中を、一輪の皎々たる月が陣営を照らし出すのである。