君は知っているだろう。吉次峠の峻険さは城壁を登るよりも困難だということを。
崖は切り立ち、道は険しい。高瀬川から上る霧に視界も定かでなく、三ノ岳の峰の風が旗指物を吹き上げる。
一たび敵襲が伝わり、笑って相対すれば、たちまち千軍万馬の敵が押し寄せてくる。
硝煙は雲のように立ち、銃弾は雨のように降り注ぐ。勇敢な兵士の生命は、鳥の羽よりも軽い。
敵陣に突入の鬨の声が砲声と共に山に叫び、谷に吼え、天地を轟かせて響く。
やがて、砲声が絶え、松の梢をわたる風声も静寂な中を、一輪の皎々たる月が陣営を照らし出すのである。
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