いち じょう あそ
伊藤 仁齋
寛永四 (1627) 〜 宝永二 (1705)

秋色蒼茫上翠微

雲交老樹雁初飛

山園柿熟烏啣去

渓澗蕈稠人負歸

市遠不看塵漠漠

林深只見霧霏霏

欲尋他日棲身處

比叡山前野水磯
秋色しゅうしょく 蒼茫そうぼう としてすい のぼ り くも老樹ろうじゅまじわ りてかり はじ めて
山園さんえん かき じゅく してからす ふく みて り 渓澗けいかん きのこ おお くしてひと いてかえ
とお ければちり漠漠ばくばく たるを はやし ふか ければただ きり たるを
じつ ましむるところたず ねんとほっ せば  叡山えいざん ぜん すいいそ なり

秋に景色は果てしなく広がって、青く美しい山々にまでおよび、白い雲は古木の枝にかかるようにたなびいて雁も姿を見せ始めた。
山荘の柿はすっかり熟れて、烏がついばみ、谷間のきのこは無数に生えて、村人の手で摘み取られる。
まちから遠く離れたところなので、ほこりがたつこともなく、林が深いために、霧が深くかかるばかりである。
もし後日、隠居の場所を求めるとするなら、比叡山を前に野川に臨んだこのあたりにしたいものだ。