続吟剣詩舞漢詩集

後本能寺
頼山陽

宴（えん）已（や）んで　高閣（こうかく）　夜（や）気（き）靜（しずか）なり
遥（はるか）に聞（き）く　欄外（らんがい）　五（ご）更（こう）の鐘（かね）
臥（ふ）して　君王（くんのう）に伴（ともな）う　玉（ぎょく）枕（ちん）の側（からわら）
眈々（たんたん）　猶（なお）　銀（ぎん）燭（しょく）の　紅（こう）なる在（あ）り
急（にわか）に聞（き）く　轟々（ごうごう）たる　戦（せん）鼓（こ）の声（こえ）
攻撃（こうげき）四（し）面（めん）　山（やま）崩（くず）るるが如（ごと）し
叛（そむ）く者（もの）は誰（たれ）ぞ　賊（ぞく）　光秀（みつひで）
謀（ほう）逆（ぎゃく）攻（せ）め来（く）る　百（ひゃく）萬（まん）の兵（へい）
低（てい）士（し）驚（きょう）愕（がく）　皆（みな）懼（おそ）れを抱（いだ）く
紛（ふん）擾（じょう）　恰（あたか）も　鼎（てい）中（ちゅう）の沸（わく）くが如（ごと）し
身（み）を挺（てい）して　直（ただ）ちに当（あた）る　虎（こ）狼（ろう）の群（むれ）
侃然（かんぜん）　誰（たれ）か敵（てき）す　忠（ちゅう）義（ぎ）の気（き）
豈（あに）計（はか）らんや　君王（くんのう）　既（すで）に弑（しい）に遇（あ）う
身（み）も亦（また）た　百（ひゃく）戦（せん）して　数創（すうそう）を蒙（こうむ）る
満身（まんしん）の紅血（こうけつ）　流（なが）れて止（や）まず
玉（ぎょく）骨（こつ）遂（つい）に砕（くだ）く　奮戦（ふんせん）場（じょう）
憐（あわれ）むべし　紅顔（こうがん）の美（び）少（しょう）年（ねん）
遥（はる）かに拝（はい）して　本（ほん）能（のう）寺（じ）の煙（けむり）と為（な）る
涙（なみだ）　？？（さんさん）　我事（わがこと）終（おわ）る
憤慨（ふんがい）切慄（せつりつ）　腹（はら）を屠（ほふ）って斃（たお）る
身（み）は死（し）して魂魄（こんぱく）　光秀（みつひで）を擁（よう）す
蒼天（そうてん）を睨（にら）んで死（し）す　花（はな）一輪（いちりん）