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『江戸漢詩選 (三) 女 流』 発行所:岩波書店 発行者:安江 良介 注者:福島 理子 ヨ リ

2008/02/13 (水) 甲寅十一月四日五日地大震、賦此紀実

こう いん じゅう いち がつ よつ いつ おお いにふる う。
これ してじつ
    さい  こう

かわら おく たお れんとほつ
あらそ げてあい りん じゅう
かん みな 宿しゅく
おく おさ むるにいとま
とき くものかご
ある いはさお ささざるふね
ねむ らんとほつ するもねむ ることかた
さん げつ すさま じくしてかす かなり
めいたつしょう だい かん せつ
きんうえしも しろ きことゆきごと
瓦飛屋欲倒
争逃相躙蹂
寒夜皆露宿
仮屋無暇修
時乗無舁轎
或臥不棹舟
欲睡難睡得
惨月凄且幽
達明小大飢寒切
被衾上霜白如雪

安政元年 (甲寅、1854) 十一月の作。
同月四、五、六の三日間、強震が大垣を襲う。家屋は倒壊し、人々は寒中屋外に小屋を設けて避難した。同月晦日にもまた大震に見舞われた。

瓦が飛び家が今にも倒れんとする中、人を踏みにじって我先にと逃げ出す。
寒い夜を皆外で明かし、間に合わせの家さえ整える暇がない。
たまたま担ぐ者もなくほったらかしにされた駕籠を見つけてはそれに乗り込み、或いは掉さす者も居ない船の中に寝転んでいる。
眠ろうとしたところでなかなか眠れるものではなく、月の光もぞっとするほど冷たく、薄暗い。
明け方になると子供も大人も飢えと寒さがひしひしと迫り、布団の布には雪の積もったように真っ白に霜が降りていた。

○相躙蹂==踏みにじる。
○露宿==野宿する。
○仮屋==仮に作った小屋。
○修==つくろう。
○時==おりしも。
○無舁轎==舁はかつぎ上げること。轎は肩でかつぐ輿のことであるが、ここでは日本の乗り物の駕籠を指す。
○棹==船をこぐこと。
○惨月==ぞっとするほどさびしい月。
○凄且幽==凄は冷たい。幽はかすか。
○小大==子供と大人。
○飢寒切==飢えと寒さが身にせまる。

『江戸漢詩選 (三) 女 流』 発行所:岩波書店 発行者:安江 良介 注者:福島 理子 ヨ リ