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『江戸漢詩選 (三) 女 流』 発行所:岩波書店 発行者:安江 良介 注者:福島 理子 ヨ リ

2008/02/06 (水) 自 遣 (一)

みずか る (一)
    さい  こう 

いち そう そう はん びゃくひと
ゆう かい としてあんしんいた ましむ
つき つき ちてぼうさく
はな はな ひら きてあき また はる
かつうつ せるべつ なるかとうたが
すでしょかさ ねてあら たなるをおぼ
ねがところつつが きことを
こう どうろう びょうおや
一夢匆匆半百人

幽懐縷縷暗愴神

月虧月満望兼朔

花落花開秋又春

會写画疑手猶別

已看書覚眼重新

此身所願唯無恙

猶有高堂老病親
天保五年 (1834) の作。四十八歳。

五十年の私の人生は、あたかも夢の如くにあわただしく過ぎ去ってしまった。人にも打ち明けられぬもの思いが次々と起こり、ひそかに心は悲しみにふさがれる。
月は欠けては満ち、十五夜かと思えばもう朔日 (ツイタチ) がめぐってくる。花が散ってはまた花が咲き、秋が来たかと思えばまた春が来る。
自分の書いた画を見ても別の人が書いたものかしらと思い、一度詠んだはずの書がまた初めて目を通すように思われる始末。
今の私にとって願い事はただ、無病息災であることだけ。まだ私には家に老いて臥せっている父親がいるのだから。

○一夢==半生は一つの夢にすぎないとみた言葉。
○匆匆==あわただしいさま。
○半百==百年の半ばを過ぎた。五十歳の意。
○幽懐==心の奥深く秘めた思い。
○縷縷==思いが次々と尽きずおこるさま。
○望兼朔==望は陰暦で月の十五日、朔は一日。兼は並列の関係を示す。和、与に同じ。
○高堂老病親==高堂は親の居る間で、父母の意にも用う。老病の親はこの年八十八歳の蘭斎をいう。

『江戸漢詩選 (三) 女 流』 発行所:岩波書店 発行者:安江 良介 注者:福島 理子 ヨ リ