吟剣詩舞漢詩集  西郷隆盛漢詩集  吉田松陰漢詩集
江 馬 細 香 漢 詩 集
『江戸漢詩選 (三) 女 流』 発行所:岩波書店 発行者:安江 良介 注者:福島 理子 ヨ リ

2008/02/03 (日) 奉 挽 山 陽 先 生 (一)

さん よう せん せいばんたてまつ る (一)
    さい  こう 

あい やくかん としへだ てじと
しばはな るるになに ごとたちませい ぜん たらんとは
するにかつあや しむ うことのかた きの
ぜん しん いま えい けつへん なりしを
へき こう きて ぼくはい
せい すう さけ きてちょう せんそそ
かい だいぶん そう けたり
ひとともがらけつ るい れん たるのみならず
相約歓期不隔年

暫離何事忽凄然

寄詩會怪逢難字

前讖今知永訣篇

素壁焼香拝遺墨

生蒭置酒?重泉

嗚呼海内文宗欠

不独吾儕血涙漣
天保三年 (1831) の作。四十六歳。同年九月二十三日、結核を患い病床にあった頼山陽が終に没する。享年五十三。

近いうちにまた会って楽しい時を過ごしましょうと約束したのに、しばらくのお別れのはずが、にわかにこのような傷ましいことになってしまうとは、どうしたことだろう。
前に詩を下さった時、 「逢い難い」 というお言葉があるのを不思議に思ったけれども、今にして思えば、それは永久の別れを予見したかたみの詩だったのだ。
床の間の壁に以前先生が下さった書をかけ、香をたいてぬかずく。亡き人への手向けとして酒をお供えし、先生のいらっしゃる黄泉の国に注ぐ。
ああ、天下の文豪が失われてしまった。ただ私にとどまらず、多くの者があふれんばかりの血の涙を流すことだろう。

○挽==葬式の柩車を引く意から転じて、人の死を悼むこと。
○相約==約束をする。
○暫離==しばらくの間だけ離れていること。
○凄然==悲しみ傷むさま。
○逢難字==文政十三 (天保元) 年三月上京した細香は、水西荘に頼山陽を訪い、また彼らと嵐山に花を賞す。帰郷を控えた閏三月九日、細香の餞別の宴が催された。果たしてこの度の別れが二人の相見 (アイマミ) える最後となるのであるが、あたかもそのことを予感しているかの如く、山陽は次の詩を賦し贈った。


雨 窓 に 細 香 と 別 れ を 話 す
離堂の短燭しば らく歓を留む
帰路の新泥まさ に乾くを待つべし
岸を隔つるほう らんわず かにおさ まり
隣楼の糸肉夜まさたけなわ ならんとす
今春うるう 有り客猶をとど まる
宿雨つれ く花すでざん
より去りて濃州遠道に非るも
老来うた た覚ゆしば しば逢うことの難きを
雨 窓 与 細 香 話 別
離堂短燭且留歓
帰路新泥当待乾
隔岸峰巒雲纔斂
隣楼糸肉夜将闌
今春有閏客猶滞
宿雨無情花已残
此去濃州非遠道
老来転覚数逢難
○前讖==予言。前ぶれ。
○永訣==永遠の別れ。死別。
○素壁==白い壁。ここでは床の間の壁を指すのであろう。
○焼香==礼拝の時に香炉に香をたく。
○遺墨==故人の残した書画。
○生蒭==刈ったばかりのまぐさ。転じて死者への贈物。
○置酒==ふつうは酒宴を指すが、ここでは酒をお供えしておくの意で用いているのであろう。
○? (ソソグ)==酒を地にそそぐまつりの儀式。
○重泉==九泉、死者のゆくところ。
○海内==天下。
○文宗==文章の大家。
○吾儕==われわれ。わがともがら。
○血涙==血の涙。強い悲痛のあまりに流す涙。
○漣==涙を流すさま。
『江戸漢詩選 (三) 女 流』 発行所:岩波書店 発行者:安江 良介 注者:福島 理子 ヨ リ