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江 馬 細 香 漢 詩 集
『江戸漢詩選 (三) 女 流』 発行所:岩波書店 発行者:安江 良介 注者:福島 理子 ヨ リ

2008/01/15 (月) 夏 日 偶 作

  じつ  ぐう  さく 
    さい  こう 

えい じつ としごとちゅう ろう おそ

たるさい じゅく ばいとき

そう ねむ りてしん けい しず かなり

のぞ たりこう れん えん
永日如年昼漏遅

霏微細雨熟梅時

午窓眠足深閨静

臨得香奩四艶詩
文化十年 (1814) 夏の作。
文化十年秋、細香は、美濃から伊勢を遊歴する途次、父江馬蘭斎を訪ねて来た頼山陽と初めて会う。彼女の清楚な美貌と詩画の才能に魅かれた山陽は彼女を伴侶としたいと願う。
その願いは叶わなかったが、二人は師弟の契りを結ぶ。
翌十一年春、細香は山陽を訪ねるべく上京。四月五日帰郷の後、この詩を賦す。

夏に日の長いこと、一日がまるで一年のように思われ、とけいさえ昼間はゆっくりと時を刻むよう。それは丁度梅の実の熟するころ、こぬか雨がしとしとと降り続けている。
昼、静かな部屋の窓辺で心ゆくまま眠ったあと、なまめかしい思いを綴った詩四首を写してみた。

○永日==日なが。のどかな一日。
○如年==一年にも感じられる。
○昼漏遅==漏は水時計、即ち時間をいう。
○霏微細雨==霏微は雨や雪がこまやかに降るさま。
○熟梅==旧暦四月、長雨の降る季節に梅の実が黄色く熟しはじめる。
○午窓眠足==昼寝をむさぼる。
○深閨==奥深くにある婦人の部屋。
○臨得==臨は手本を見てうつすこと。得は可能の意を含まぬではないが、 「臨書したのは」 というほどの意を軽く添える助詞。
○香奩四艶詩==香奩は女性の化粧箱のことで、転じて艶体の詩を香奩体という。宮女などに題をとり、艶冶な内容を歌った詩。
文化十年十月二十三日付の細香宛山陽書簡に、細香が浄書した山陽自作の詩に 「是れ余が奩詩、女弟子細香の書する所云々」 との賛をつけて人に贈ったと記されている。あるいはこの詩にいう香奩体の艶詩四首とは、山陽が彼女に浄書させるべく送った自作のものであったとも考えられる。同年四月十九日付の書簡でも、彼女の習字の手本として、自作の詩を書いて送る由、記している。

山陽評して 「真に閨秀の詩なり」 と言う。
『江戸漢詩選 (三) 女 流』 発行所:岩波書店 発行者:安江 良介 注者:福島 理子 ヨ リ