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日 本 漢 詩
『日本漢詩 新釈漢文大系』 著・猪口 篤志 発行所・明治書院 ヨ リ

2007/11/16 (金) 日柳 政章

くさ なぎ せい しょう (えん せき )
日柳 政章 (1817〜1868) 字は士煥、通称長次郎、後、耕吉と改めた。燕石、また柳東・春園・白堂・呑象楼・双龍閣などと号した。
文化十四年、讃岐 (香川県) 仲多度郡榎井村籏岡に生まれた。本姓は草薙、その神器に対し畏れ多しとして、父が日柳に改めた。父は加島屋惣平衛といい、耕作の傍ら質商を営んだ。
燕石、幼にして神童の称あり、年十四、琴平の医三井雪航に学び、歴史に明るく、詩文に長じ、また画書を善くした。
人となり豪快、出入りする博徒数百人、榎井の大親分として、その名は四方に聞えた。
嘉永元年 (1848) 、阿波を経て京阪の間に遊歴して帰った。
夙に勤王の志厚く、吉田松陰・高杉東行・久坂玄瑞・森田拙斎・木戸孝允・西郷隆盛らと交わり、松本奎堂・中岡慎太郎・本間精一郎らの志士を庇護することも多かった。
嘗て高杉晋作を潜慝させたことにより、幕府の嫌疑を受け、慶応元年 (1865) 五月、高浜藩に捕らえられ、在獄四ヵ年、明治元年 (1868) 正月、放免されて京都に上った。朝廷から特に賞して御杯を賜うた。
それより旧縁により長州・長崎などに赴き、のち北征総督仁和寺宮に共奉して越後に入り、八月二十五日、柏崎の陣中で病没した。年五十二。
著書に呑象楼遺稿八巻・柳東軒士話一巻・呑象楼詩鈔一巻・呑象楼雑纂一巻・呑象楼略稿一巻・西遊詩草一巻まどあり、燕石全集も出ている。
『日本漢詩 新釈漢文大系』 著・猪口 篤志 発行所・明治書院 ヨ リ