下
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七里江山付犬羊
震餘春色定荒涼
櫻花不帶醒?気
獨映朝陽薫國香 |
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語 釈 |
○七里江山==下田沿岸七里の山川。下田は伊豆半島南端の町。静岡県賀茂郡に属する。ペリーはここに上陸して了仙寺に宿所を定めた。
○犬羊==いぬとひつじ。あたかも毛唐というが如く、外人を罵っていう。
○震餘==大地震の後。安政元年十一月四日の大地震で、下田の被害は最も大きく、碇泊中のロシアの軍艦も大破するという騒ぎであった。
○定==きっと。想像していう言葉。
○荒涼==荒れ果ててさびしいこと。
○不帶==帶は身につけること。不帶はうけつけないものをいった。
○醒?(セイセン) ==獣類のなまぐさい悪臭。外人は肉食であるから、その匂いがするのでいう。
○朝陽==あさひ。朝日。
○國香==国中第一の香り。すぐれた薫気をいう。
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通 釈 |
安政元年三月、幕府は勅許を待たず米国との和親条約に調印し、下田七里の地に外人の上陸を許し、あたら神州の江山を犬羊どもに汚させてしまった。そのせいであろう、神も怒りたもうたか、十一月には大地震があり、中でも、下田の被害が特に甚だしく、年は明けたが、その跡は今だにさびしく荒れ果てていることであろう。
しかし、その中にも大和魂の象徴たる桜の花は、ひとり夷人の腥い臭気を帯びず、朝日に照り映えて、国中第一の香を放っているに相違ない。
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題 意 |
この詩は安政元年 (1854) 三月三日、幕府が米国のペリーと和親条約を締結し、下田・箱館の二港を開いた
(神奈川条約) のを聞いて、憤慨して作ったものである。
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余 説 |
海防僧の面目躍如たるものがある。後藤松陰の評に 「婉曲にして味有り、絶だ妙」 とある。
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