構 成 吟
『 萩 に 吹 く 風 』
第十二回 飛 翔 吟 詠 リ サ イ タ ル
平成十九年六月十日 (日) 於:大阪厚生年金会館大ホール
企画制作:飛翔吟友会
脚 本:もりおか 泉
構 成:長屋 幸吉
演 出:加納 孝信
音 響:古賀 道明
舞 台:山本 敏夫・榁木 勉
 


照 明:東京舞台照明
ナレーター:藤田 千代美
司 会:押元 奈緒子
尺 八:清水 佑海
 琴 :太田 和子・浜 靖子


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(S−01) ナレーション

その日、外は雨・・・・・。今日は明治三十一年十八日でございます。
おりからの五月雨が、うす紫の可憐な栴檀の花をしきりに散らしておりました。
萩のご城下のはずれにある、野山獄舎に入牢していた兄、吉田松陰が江戸で幕府のお取り調べを受けるために、萩を出発するその朝・・・・・。

(S−02) 散 り 残 る (千 代)
  吟:小坂 永舟・中谷 淞苑
散り残る

  あふちの花の 紫を

落とさずに降れ

  今朝の五月雨

散り残る

  あふちの花の 紫を

落とさずに降れ

  今朝の五月雨
(S−03) ナレーション
(S−04) 零 丁 洋 を 過 ぐ (文 天詳)
  吟:長山 宗龍・浜田 實嵩
辛苦遭逢一経より起こる

 干戈洛々たり四周星

山河破砕して風絮を漂わし

 身世浮沈して雨萍を打つ

皇恐灘頭皇恐を説き

 零丁洋裏零丁を歎く

人生古より誰か死無からん

 丹心を留取して汗青を照さん

(S−05) ナレーション

(S−06) 吉 田 松 陰 に 贈 る (橋本 景岳)
  吟:平内 精城
磊落軒昴

 意気豪なり

聞くならく

 君が身胆毛を生ずと

思い見る

 京城に痛飲する夕べ

腕を扼し

 頻りに視る日本刀
(S−07) ナレーション
萩から三田尻に出る街道の橋のたもとに、一本の老松が立っていて、萩の人々はこれを涙松と呼んでおります。
京や江戸へ出て行く人々を送り、ここで別れるのです。
「日本のことを、くれぐれも頼んだぞ・・・・・。」
これが門下生への別れの言葉であったとか。
(S−08) 帰 え ら じ と (吉田 松陰)
  吟:辻 柳伸怜
帰えらじと

  思ひさだめし 旅なれば

ひとしを濡るる

  涙松かな

帰えらじと

  思ひさだめし 旅なれば

ひとしを濡るる

  涙松かな
(S−09) ナレーション
(S−10) 述 懐 (伊藤 博文)
  吟:新子 紅秋・谷崎 奘皚
活識独り応に 変遷を知るべし

 平凡何ぞ虚言を 語るに足らん

名を万世に沾るは 吾が志に非ず

 眼を千秋に注いで 宜しく先を察すべし

夷険を往来して 胆道を知る

 死生を抛着して 皇天に任す

我徒須らく盡すべし 勤皇の事

 一身の為に 瓦全を図る勿れ
(S−11) ナレーション
わたくし千代は、松陰兄のすぐ下に、長女として生まれ、父方の又従兄、児玉裕行に嫁ぎました。
そして妹二人は、のちのち、相次いで松下村塾の塾頭となる、兄の門弟に嫁いでおり、このような立場から自然に、世の動きを身近なこととして知ることになりました。
(S−12) 君 が た め (吉田 松陰)
  吟:辻 柳伸怜
君がため

  何か惜しまむ もののふの

ありなし雲に

  我を見なせば

君がため

  何か惜しまむ もののふの

ありなし雲に

  我を見なせば
(S−13) 失 題 (久坂 玄瑞)
  吟:内野 紫仁
皇国の威名

   海外に鳴る
  
誰か甘んぜん

   烏帽犬羊の盟

廟堂
  
   願わくば賜え尚行の剣

直ちに将軍を斬って

   聖明に答えん
(S−14) ナレーション
太平の眠りを覚ます蒸気船、たった四隻で夜も眠れず・・・・、
こんな戯れ歌が流行った六年前の秋も深まった頃、
江戸から兄上と門下の金子重輔が、罪人として萩に送られてきました。
国禁を破って伊豆の下田沖に停泊中のアメリカ船に忍び込み、 海外の渡ろうとした科で・・・・・。
(S−15) 漫 述 (佐久間 象山)
  吟:長屋 伯鷹
謗る者は

   汝の謗るに任せ
  
嗤う者は

   汝の嗤うに任せん

天公本我を知る
  
   他人の知るを覓めず
(S−16) ナレーション
一年と二ヶ月、萩の獄舎で過ごした兄上は、十二月に入って、自宅謹慎となり、杉の家に戻ってまいりました。
再び講義が始まりました。翌、安政三年八月、塾は松下村塾と名づけられ、明治のご維新の原動力となる人々がここに育つのです。
(S−17) 磯 原 客 舎 (吉田 松陰)
  吟:細川 紫江・俵積田 輝孝
海楼酒を把って長風に対す

顔紅に耳熱し酔眠濃かなり
  
忽ち見る雲濤万里の外

巨鼇海を蔽うて艨艟来る

我吾軍を提げ来って此に陣す
  
貔貅百万髪上衝す

夢断え酒解けて燈も亦滅す

濤声枕を撼かして夜鼕々
(S−18) ナレーション
(S−19) 逸 題 (橋本 景岳)
  吟:森本 梅春・野田 雅詠
飛雨蕭々孤雁鳴く

壮心凛々また驚くに堪えたり
  
忽ち聞く城裡一声の笛

既に見る門前数十の兵

地に投じ天に投じて左右に開き
  
前を衝き後を衝いて縦横に破る

氷刀三尺清風に拭えば

千里雲晴れて月五更
(S−20) ナレーション
「幕府といえども天皇の臣下、勅許を得ずしての調印は断じて許せぬ」
兄、松陰の身辺の動きは、にわかに慌しくなりました。
時を置かず 「大義を議す」 の一文を藩に提出。
この日を境に松下村塾は幕府批判から、討幕へと変かしてゆくのが、女の私にもわかりました。
(S−21) 偶 成 (木戸 孝允)
  吟:谷澤 暁声・熊谷 峰龍・鍵谷 鷹隆
一穂の寒燈眼を照らして明らかなり

沈思黙坐無限りなきの情
  
頭を回らせば知己人已遠し

丈夫畢竟豈名を計らんや

世難多年万骨枯れ
  
廟堂の風色幾変更

年は流水の如く去って返らず

人は草木に似て春栄を争う

邦家の前路容易ならず

三千余万蒼生を奈んせん

山堂夜半夢結び難し

千岳万峯風雨の声
(S−22) ナレーション
萩のお城、指月城が茜色の夕焼けに染まり、
その上空を、雁木の列を組んで飛ぶ雁の姿が見られるようになったある日、
塾の庭先に佇んで、じっと茜色の夕空を見上げている兄上の、後姿を見かけたことがあります。
美しい絵のような光景でしたのに、何故か私には、兄松陰の一番寂しそうな姿として、強く心に残ったのでした。
(S−23) い か に せ ん (織 女)
  吟:女 性 全 員
いかにせん

  心に問えば 思ふこと

とどめがたくも

  萩に吹く風

いかにせん

  心に問えば 思ふこと

とどめがたくも

  萩に吹く風
(S−24) 老 泣 (梁川 星巖)
  吟:北村 洲城
老泣声無く客衣を湿す

天涯の兄弟信来ること稀なり
  
半肩の行季両鬢の雪

満望の雲山何れの処にか帰らん
(S−25) ナレーション
秋もひときわ深まった九月下旬、梅田雲浜殿、橋本左内殿、頼三樹三郎殿ら二十数名が検挙されたのです。
親族お預けの身でありながら、兄上はこれらの方々を救うべく、在京の門下へ指令の書状をしたためる毎日が続くのでしたが、時すでに遅く、幕命により、兄、吉田松陰自身が、再び囚われ人となり、萩の獄舎に下る身となったのです。
(S−26) 獄 中 の 作 (橋本 左内)
  吟:菊地 梅憬
二十六年夢の如く過ぐ

顧みて平昔を思えば感滋多し
  
天の大節嘗て心折す

土室猶吟ず正気の歌
(S−27) 函 嶺 を 過 ぐ (頼 鴨崖)
  吟:三田 梅鳳
当年の意気雲を凌がんと欲す

快馬東に馳せて山を見ず
  
今日危途春雨冷やかに

檻車夢を揺るがして函嶺を渡る
(S−28) 絶 命 の 詞 (黒沢 忠三郎)
  吟:松野 春秀
狂と呼び賊と呼ぶは

   他の評するにに任す
  
幾歳の妖雲一旦晴る

正に是れ桜花の好時節

桜田門外血は桜の如し
  
(S−29) ナレーション
梅が咲き、桜が散り、季節はいつもと変わらずに巡ってまいりました。
その間、獄舎の中で悩み苦しみ、兄上はようやく一つの答えを見出したようでした。
それがどのように緊急を要する大事であっても、朝陽を夕陽に変えることは出来ないのだという真理と、あえて行動すれば犠牲は重なるばかり、という深い自省でした・・・・。
(S−30) 月 に 対 す (橋本 景岳)
  吟:伊賀 逍峰
神理微茫尋ぬべからず

祗応に自飲孤斟を作すべし
  
慇懃一片千秋の月し

我悠々たる萬古の心を照らす
(S−31) ナレーション
キラキラと生命の漲りがあふれるような、新緑の五月、故もなく、何かいい知らせでもあるような・・・・・。
そんな気分にひたっている頃、突然兄上の江戸送りが決まったのです。
幕府のこの決定が意味するものは、 「今生のわかれ」 でした。
辛うございました。
(S−32) か く す れ ば (吉田 松陰)
  吟:川村 朋映・佐藤 趣城
かくすれば

  かくなるものと

     しりながら
  
やむにやまれぬ

    大和魂

かくすれば

  かくなるものと

     しりながら
  
やむにやまれぬ

    大和魂
(S−33) 呼 び 出 し の (吉田 松陰)
  吟:瀧 星昇・高松 旭峰
呼び出しの

  声待つ外に 今の世に
  
待つべき事の

  なかりけるかな

呼び出しの

  声待つ外に 今の世に
  
待つべき事の

  なかりけるかな
(S−34) ナレーション
(S−35) 取 り あ え ぬ (吉田 松陰)
  吟:前重 亮泉・高松 旭峰
取りあえぬ

  今日の別れぞ

      さちなりき
  
ものをも言わば

  思いぞまさん

取りあえぬ

  今日の別れぞ

      さちなりき

ものをも言わば

  思いぞまさん
(S−36) 親 お も ふ (吉田 松陰)
  吟:池田 菖黎・岸本 快伸
親おもふ

  心にまさる 親心

今日のおとずれ
  
    何ときくらむ

親おもふ

  心にまさる 親心

今日のおとずれ
  
    何ときくらむ
(S−37) ナレーション
(S−38) 囚 中 作 (高杉 晋作)
  吟:内海 快城・大串 鷹克・平内 精鵬
君見ずや死して忠鬼となる菅相公

  霊魂尚在り天拝の峰

又見ずや石を懐き流れに投ず楚の屈平

  今に至るも人は悲しむ泪羅江

古より讒間忠節を害し

  忠臣君を思うて躬を懐わず

我も亦貶謫幽囚の士

  二公を憶い起こして涙胸を沾す

恨むを休めよ空しく讒間の為に死するを

  自ら後世議論の公なる在り  
(S−39) ナレーション
うす紫の栴檀の花が五月の雨にしきりに散っていた、あの別れの日から一ヵ月後。
兄、松陰は日比谷の江戸藩邸に唐丸篭で着いた模様でした。
そして運命の十月十六日、幕府取調べ方の評定の結果が出たのです。
死刑。決定は井伊大老。
(S−40) 身 は た と え (吉田 松陰)
  吟:鈴木 永山・山口 華雋
身はたとえ

  武蔵の野辺に

       朽ちぬとも
  
とどめおかまし

      大和魂

身はたとえ

  武蔵の野辺に

       朽ちぬとも
  
とどめおかまし

      大和魂
(S−41) ナレーション
(S−42) な な た び も (吉田 松陰)
  吟:安田 鷺迪・小林 快川
ななたびも

  生きかへりつつ

      えびすをぞ
  
攘はんこころ

      われわすれめや

ななたびも

  生きかへりつつ

      えびすをぞ
  
攘はんこころ

      われわすれめや
(S−43) 辞 世 (吉田 松陰)
  吟:宮田 実龍
我今国の為に死す

  死して君親に背かず

悠々たり天地の事

  鑑照明神にあり
(S−44) ナレーション
安政六年九月十四日、梅田雲浜殿獄中にて病死。
十月七日、橋本左内・頼三樹三郎・茅根伊予之助・水戸・越前・薩摩・安芸の勤王雄藩の志士数名死刑。
吉田松陰死刑。三十歳・・・・・。
(S−45) 松 下 村 塾 (徳富蘇峰)
  吟:辰巳 快水
柱頭歴歴たり刀痕を見る

想うに堪えたり当年国士の魂

花は落つ東光寺畔の路

松陰天子書を読むの村
(S−46) ナレーション
日本の夜明を夢に見、理想に燃え、多くの志士達を育てた男。
徳川幕府の度重なる弾圧にもめげず、敢然と立ち、最後の最後まで尊皇一途を貫いた男、吉田松陰・・・・。
吉田松陰が夢に見た、日本の長い長い夜が、今燦然と光を放って明ける・・・・・・。
(S−47) 失 題 (勝 海舟)
  吟:出演者全員
他年の蹤跡埃塵に没す

心情を揣摩して天真を思う

華屋美なりと雖も是れ浮榮

富は泡沫の如く名は烟の如し

笑うて看る江山依然として碧なるを

行蔵豈亦人に感せんや

風は敗葉を捲いて夜寂々

嘯響凛然として一劍寒し
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