〜 〜 『 源 氏 物 語 』 〜 〜
 
2008/02/28 (木) 桐 壺 の 帖

この帖は、相当物語りの進んだ後に書かれて、冒頭に据えられたという説もある。しかし、後に起こる様々な主人公の身の上の事件を、予言暗示している点や、物語の構成上、最も重大な要になる父桐壺帝の妃藤壺への、密かな初恋の芽生えなどが配置され、これから始まる物語への興味をかき立てる用意が、抜け目なくちりばめられている。この帖から書き始めたとみても一向に不自然ではない。

桐壺帝は多くの美妃を後宮に擁しながら、あまり身分の高くない桐壺の更衣に異常なほど惑溺してしまう。その常軌を逸した寵愛は、後宮の他の妃たちの嫉妬をあおるだけでなく、重臣や世間の目から顰蹙を買う。
更衣は他の妃たちからいじめ抜かれ、心身共に衰弱して死んでゆく。後には二人の愛の結晶の三歳の皇子が残された。
桐壺帝と更衣の悲恋は、唐の玄宗皇帝と楊貴妃の悲恋を主題にした 「長恨歌」 になぞらえられている。
三歳で母を失った皇子を帝は宮中に引き取り、更衣の形見として自分の膝下で育てる。

高麗の相人に身分を隠して皇子を密かに占わせたところ、この子は帝王の相がある。しかし、そうなれば国が乱れ、かといって、臣下で終る人でもない、と予言する。 帝はその予言を聞き、皇子を臣下にして、源氏姓を賜う。
やがて母方の祖母も死ぬ。皇子の絶世の美貌と、類い稀な聡明さから、誰言うとなく光の君、光源氏ともてはやされる。
光源氏十歳の頃、桐壺更衣を失って鬱病がちになり、政務もとれなくなっていた桐壺帝は、亡き更衣と瓜二つの先帝の姫宮を後宮に迎えた。藤壺の宮と呼ばれる。源氏より五歳年長の若々しい女宮である。
源氏は藤壺の宮が亡き母とそっくりだとしきりに聞かされ、いつとはなく多感な少年の心に淡い憧れの恋を芽生えさせていた。

十二歳の時、源氏は元服し、桐壺帝のはからいで左大臣の姫君と結婚させられる。後見人のいない源氏にとって、臣下で最高の地位にあり、桐壺帝の妹の大宮を妻としている左大臣は、誰よりも強力な後見人であった。
源氏の正妻となった姫君は、自分が四歳年上であることにはじめからコンプレックスを抱き、かたくなに心を閉ざしている。
この時代の貴族の結婚は早く、婿君はまだ子供が多く、花嫁の方が年上で、添臥 (ソイブ) しの役をさせられた。幼い夫を妻が初夜の床でリードするのが習わしであった。
申し分なく美しいけれど自尊心が強く、権高で冷たい花嫁に、少年の夫は、初夜から馴染めない。かえって、結婚の実態を知った源氏は、妻として一緒に暮らすなら藤壺のような人をこそと、ひそかに切なく恋心をつのらせていく。

新調日本古典集成 『源氏物語 (一) 』 校注者・石田 穣二 清水 好子 発行所・ 新潮社
『源氏物語 巻一』 著者 ・瀬戸内 寂聴 発行所・ 講談社 ヨ リ