「式部が所にぞ、けしきあることはあらむ。すこしづつ語り申せ」
と責めらるる。
「下 (シモ) が下のなかには、なでふことか、きこしめし所はべらむ」
と言へど、頭の君、まめやかに 「遲し」 と責めたまへば、何ごとをとり申さむと思ひめぐらすに、
「まだ文章 (モンジヤウ) の生 (シャウ)
にはべりし時、かしこき女の例 (タメシ) をなむ見たまへし。
かの馬 (ムマ) の頭
(トウ) の申したまへるやうに、公事 (オオヤケゴト)
をも言ひあはせ、私 (ワタクシ) ざまの世に住まふべき心おきてを思ひめぐらさむかたもいたり深く、才
(ザエ) の際 (キハ) なまなまの博士
(ハカセ) はづかしく、すべて口あかすべくなむはべらざりし。
それは、ある博士のもとに、学問などしはべるとて、まかり通ひしほどに、主人 (アルジ)
のむすめども多かりと聞きたまへて、はかなきついでに言ひ寄りてはべりしを、親聞きつけて、さかづきを持
(モ) て出 (イ)
でて、 『わがふたつの途 (ミチ) 歌ふを聴け』
となむ、聞こえごちはべりしかど、をさをさうちとけてもまからず、かの親の心を憚 (ハバカ)
りて、さすがにかかづらひはべりしほどに、いとあはれに思ひ後見、寝覚 (ネザメ)
のかたらひにも、身の才 (ザエ) つき、朝廷
(オホヤケ) につかうまつるべき、道々しきことを教へて、いときよげに、消息文
(セウソコブミ) にも仮名といふもの書きませず、むべむべしく言ひまはしはべるに、おのづからえまかりえ絶えで、その者を師としてなむ、わづかなる腰折文
(コシオレブミ) 作ることなど習ひはべりしかば、今にその恩は忘れはべらねど、なつかしき妻子とうち頼まむには、無才
(ムザイ) の人、なまわろならむふるまひなど見えむに、はづかしくなむ見えはばりし。
まいて君達 (キムダチ) の御ため、はかばかしく、したたかなる御後見は、何かさせたまはむ。
はかなし、くちおしと、かつ見つつも、ただわが心につき、宿世 (スクセ)
の引くかたはべるめれば、男しもなむ、仔細なきものははべめる」
と申せば、残りを言はせむとて、
「さてさてをかしける女かな」 とすかいたまふを、心は得ながら、鼻のわたりをこづきて語りなす。
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