橋 本 左 内 漢 詩 集

「江戸漢詩選 (四) 志 士」 ヨ リ

(発行所:岩波書店 発行者:安江 良介 注者:坂田 新)


(/rp>しゅう   (/rp>
(/rp>らく (/rp> (/rp>あき(/rp> るに(/rp> たり
(/rp>せい (/rp>せい として(/rp>そう (/rp>ちゅう(/rp>
(/rp>かい (/rp>ふう (/rp>かん (/rp>よう(/rp>はら
(/rp>そく (/rp>そく として(/rp> (/rp>せい かと(/rp>うたが
(/rp>うれ いは(/rp>むす ぼれて(/rp>とう (/rp> (/rp>ほそ
(/rp>かみ(/rp> みて(/rp>こん (/rp>しば (/rp>しば (/rp>おどろ
(/rp>だん (/rp> (/rp>こころざし (/rp> (/rp>
(/rp>さん (/rp>じゅう にして(/rp>いま(/rp>えい(/rp> わず
(/rp>けん(/rp> して(/rp> ちて(/rp>ちゅう (/rp>ちょう すれば
(/rp>れつ (/rp>せい (/rp>ぜん (/rp>えい(/rp>さん たり
(/rp>あお(/rp>(/rp>てん (/rp>かん(/rp>ほとり
(/rp> ずらくは(/rp>(/rp>(/rp> する(/rp>
(/rp>さい (/rp> (/rp>しん (/rp>しん として(/rp>
(/rp>はく (/rp> (/rp> (/rp>こう(/rp>しぼ ます
(/rp>さけ (/rp>さけ (/rp>うす くして(/rp> いを(/rp>(/rp>がた
(/rp>びょう (/rp>こつ (/rp>いたず らに(/rp>そう (/rp>こう たり
(/rp>(/rp>みち(/rp>てん (/rp>(/rp>そん
(/rp>だい (/rp>うん (/rp>いず れの(/rp>とき にか(/rp>とお らん
秋  夜
絡緯似知秋
悽悽草中鳴
回風掃寒葉
??疑雨声
愁結燈火細
神澄魂屡驚
男児志蹉?
三十未請纓
撫剣起惆悵
列星燦前楹
仰瞻天漢上
愧靡記吾名
歳華駸駸去
白露凋??
酒薄難成酔
病骨徒崢エ
吾道存天地
大運曷時亨

安政六年 (1859) の作。二十六歳。幽閉の中での詩。
こおろぎは早くも秋の季節がやって来たのを覚ったものか、もの悲しく叢に鳴いている。
木枯らしが落ち葉を吹き払って、さわさわと雨でも降っているかのようだ。
か細い灯火の前で、私の心は愁いに結ぼれ、神経がとがりきっているせいか、しばしば物音にハッとさせられる。
男として生まれながら、志をかなえる事が出来ず、三十歳になろうというのに国のために大事をなすこともならず、空しく蟄居に甘んじている。
思わず剣を握って起ちあがっても、ただ悲しく嘆かわしいばかり。見れば、柱の彼方には満天の星が輝いている。
はるかに天の河のあたりを仰ぎ見ては、人が我が名を記憶に留めてくれるような事業を何ひとつ成し遂げていない事を恥じ入る。
時の過ぎ行く事はまことに早く、すでに白露が降りて水辺の草を萎ませている。
ひとり酌む酒も水っぽいばかりで、いっこうに醉にいたらず、病みついた身は空しく痩せ細ってしまった。
私がたどって来た道は、天地の間に公明正大、誰に恥ずるところもない。天運が我がために開くのはいつの日のことであろうか。

絡緯==秋に鳴く虫。こおろぎ。 悽悽==悲しいさま。  回風==旋風
寒葉==寒気の到来によって枯れ落ちる樹葉。
?? (ソクソク) ==擬音語。サッサッと枯葉の立てる音。
蹉? (サタ) ==挫折すること。志を得ず失敗する事。
三十==この年、左内は二十六歳であるが、概算をあげたもの。
未請櫻==幽囚の身で、決死の大事を買って出ることも出来ずにいること。纓は、冠を結びとめる紐。前漢の終軍が南越に使者として赴くにあたり 「南越王をひくくってでも漢王朝に臣属の礼を執るようにさせます」 と纓を請うた故事 ( 『漢書』 終伝) による。
惆悵==悲しみ嘆くこと。
燦前楹==楹は、柱。庭先に面した柱のかなたに、星が燦然と輝きつらなっていること。
天漢上==天の河。上は、そのあたり。
記吾名==は、記憶している、覚えている。人が自分の行った事業を忘れずにいてくれること。
歳華==歳月。
駸駸==もと馬の疾行するさまをいい、ここは転じて歳月の早く過ぎ去ってゆくこと。
白露==白く輝く露。しだいに深まり行く秋の代表的な景物。
病骨==病気のからだ。
徒崢エ==徒は、むなしく。崢エは、もと山の高く険しいことをいい、ここでは転じて痩せ衰えた様子。
大運==天運。天命。
曷時亨==いつになったら順運となるだろうか。曷は、何に同じ。亨は、『易経』 に頻出する語で、物事が支障なく順調にゆくこと。