橋 本 左 内 漢 詩 集

「江戸漢詩選 (四) 志 士」 ヨ リ

(発行所:岩波書店 発行者:安江 良介 注者:坂田 新)



(/rp>ばん (/rp>しゅう (/rp>ぐう (/rp>さく
(/rp>さい (/rp> 冥煙(/rp>めいえん (/rp> れて(/rp>ようや(/rp>おさ まる

(/rp>かん (/rp>しょう 哀雁(/rp>あいがん (/rp> (/rp>しゅう(/rp>みだ

半窓(/rp>はんそう霜月(/rp>そうげつ (/rp>ひと(/rp>おも うの(/rp>よる

一枕(/rp>いつちん凄風(/rp>せいふう (/rp>(/rp> とすの(/rp>あき

凡骨(/rp>ぼんこつ 将相(/rp>しょうしよう たるに(/rp>(/rp>がた きを(/rp>

(/rp> (/rp>しん (/rp>つね(/rp> (/rp>おう(/rp>とも なわんことを(/rp>ほつ

(/rp>いえ(/rp> (/rp>かく(/rp>うつ すは(/rp>つい(/rp>すべ (/rp>

(/rp>ちょう (/rp>しょう(/rp>くに(/rp>ため(/rp> うるに(/rp> るに(/rp>あら ざるを
晩 秋 偶 作
細雨冥煙晩漸収

寒?哀雁攪苦秋

半窓霜月懐人夜

一枕凄風落葉秋

凡骨知難堪将相

素心常欲伴鳧鴎

移家負郭終無計

惆悵非由為国憂
 
安政五年 (1858) の作。二十五歳。
この年七月の春嶽蟄居の後、心労もあってか左内は七月中旬から九月まで病臥の日々が続いた。その中での詩。

しとしとと降る雨も陰鬱な靄も、夜の入ってようやく収まったが、今度は寒々と鳴く虫の音と哀しげな雁の叫びが、つらい胸のうちをかき乱す。
小窓に冷ややかな月がのぞく夜、しきりに人が懐かしく思われる。はげしい風が枕辺に吹き付けて、木々の葉の枯れる枯れ落ちる秋になったことが身にしみる。
私のような凡庸な人間には、将軍や宰相となって人々をひきいる器量のない事はわきまえている。だから、日頃から心に願っていたのは、鴨や鴎を相手に悠悠自適の生活に入ることだった。
いまさら町外れに退きこもって安らかに暮そうとしても、もはやその計もない。いま身にまとう憂愁が、国のためを思っての憂いでないことが嘆かわしい。

冥煙==ほの暗く広がるもや。
寒? (カンショウ) ==つくつくぼうし。また一説に秋冷の季節のこおろぎ。
半窓==字義は半分の窓ということだが、詩では一般にただ窓の意味で用いられる。
霜月==寒い夜の寒々とした月。
凡骨==格別の才能のない平凡な人間。
将相==将軍と宰相。文武の高官を併挙した言い方。
素心==日頃からの思い。本心。
鳧鴎==かもとかもめ。ともに自然の中で自由に生きるものの象徴。
負郭==中国の都市は城壁で囲まれており、それを郭と呼ぶ。負郭は、郭を背にした城外すぐの地をいう。
惆悵==いたみなげくこと。