橋 本 左 内 漢 詩 集

「江戸漢詩選 (四) 志 士」 ヨ リ

(発行所:岩波書店 発行者:安江 良介 注者:坂田 新)



よる かん れい
らく じつ すでしず西せい れい西にし

さん えん さえぎ ってみち こう てい

うん たちまとざ してつき まさぼつ せんとし

ちく そう ちゅう かい ちょう
夜 踰 函 嶺
落日已沈西嶺西

山烟遮眼路高低

癡雲乍合月将没

苦竹叢中傀鳥啼
 
安政五年 (1858) の作。二十五歳。
当時、十三代将軍家定の後嗣をめぐって、一橋慶喜を推す一派と紀州藩の徳川慶福 (のちの家茂) を推す一派とがあり、幕府を二分する争いとなっていた。
福井藩主松平春嶽は慶喜派の急先鋒で、この年正月、左内を京都に派遣して朝廷の意向を慶喜後継にもってゆくための公卿工作を担当させた。
この詩は上京の途上、箱根を過ぎるおりのもの。
函嶺は、中国の函谷関にちなんだ箱根山の漢風呼称。

日はすでに西方の峰のその西に沈んだ。山をつつtむ霧に視界が閉ざされるなか、道を上りまた下る。
むら気な雲がたちまち空をおおって、月が消えてしまいそうだ。竹薮の中からは気味の悪い鳥の声が聞こえる。

山烟==箱根名物の山中の霧。 癡雲==落ち着きなく流れてやまぬ雲。
乍合==乍は、忽然と、ゆくりなくも。合は、雲があつまること。
苦竹==竹の一種。まだけ。 傀鳥==怪鳥に同じ。