橋 本 左 内 漢 詩 集

「江戸漢詩選 (四) 志 士」 ヨ リ

(発行所:岩波書店 発行者:安江 良介 注者:坂田 新)



おも いをせつ こう さん せい す、ろく ごん
うお おどとび ぶことかつ ぱつ なり

こう ふう せい げつ つねさと

えい べてなげう

こう らく せん ゆう いま まず
寄懐雪江参政六言
魚躍鳶飛活溌

光風霽月常惺

栄枯毀誉渾擲

後楽先憂未停
安政五年 (1858) 頃の作か。二十五歳。
雪江参政は、福井藩の重臣である中根雪江。松平春嶽の謀臣として幕末の福井藩を代表して活躍した。橋本左内が春嶽側近として登用されたのも中根雪江の知遇を得たことを一因とする。 明治十年 (1877) 没、七十一歳。
六言の古詩は漢代あたりから見られるが、唐代に到って六言律詩や六言絶句も時に作られるようになった。
六言律詩や六言絶句は、五言や七言と違って、どこまでも一種遊戯の体と考えられている。

魚が淵に跳びはねるように、鳶が空高く飛翔するように、あなたの活躍の何とはつらつとしたことか。しかも、雨後のうららかな風や晴れあがった月のように胸中は爽やかに清く、いつも冷静に明敏な判断を下す。
自分の立身出世も毀誉褒貶も、まるで気にかけていない
ただ先憂後楽の心で努めてやまぬ。


魚躍鳶飛==『詩経』 大雅 「旱麓 (カンロク)」 に 「鳶飛んで天に戻 (イタ)魚は淵に躍る」 とあるによる。鳶が天に飛ぶのは悪人が遠く去って民に害を及ぼさぬこと、魚が淵に躍るのは民がその所を得て喜んでいることに喩える。ただし、ここでは中根雪江がはつらつと活躍していることをいうものであろう。
光風霽月==光風は、雨のあがったあとのうららかな光の中を吹きわたる風。霽月は、雨後の晴れわたった月。ともに人品の爽やかで高潔なことに喩える。
惺==冷静で事理に明らかなこと。また、すっきり爽やかなこと。
栄枯==出世することと落ちぶれること。
毀誉==そしられることと褒めそやされること。
後楽先憂==政治にあたる者が民の憂患を民に先だって心配し、民が喜びを得て後に自らも喜ぶという心がけ。