橋 本 左 内 漢 詩 集

「江戸漢詩選 (四) 志 士」 ヨ リ

(発行所:岩波書店 発行者:安江 良介 注者:坂田 新)



しゅう りょ じょう
とう つく してやなぎ まさざん せんとす

せん きゃく てい そう さむ

もつとしゅう しん いかん ともしがたところ

ちん せい げつ しょく ひとらん
秋 夜 旅 情
梧桐落尽柳将残

千里客程霜露寒

最是愁心難奈処

砧声月色独凭欄

嘉永六年 (1853) 頃の作か。二十歳。
遠い旅先での憂愁をうたう詩だが、嘉永五年 (1852) に大坂から帰郷して以来、嘉永七年 (1854) 二月に江戸へ上るまでの間 「千里」 というほどの大きな旅はした様子がない。あるいは唐人の遠征詩になぞらえて想像上で作られたものか。


梧桐の葉はすっかり落ちて、柳も枯れようとしている。寒さの中で苦労を重ねて、千里のかなたへ旅路をゆく。
だが、何にもまして、どうしようもなく心を悲しませるのは、月の光に照らされながら一人手すりに寄りかかって、砧の音を聞く時だ。

梧桐==青桐の葉が枯れ落ちることは、秋の季節をとりわけ深く印象づけるものとして詩ではしばしば詠みこまれる。
客程==旅の日程。旅路の歩み。
霜露寒==寒気の迫る季節のなかで、辛い旅を続けていること。霜露は、身を霜や露にさらして苦労すること。
処==転句の末によく用いられる字で、 「その時、その場所で」 と、時間と場所を兼ねていう言い方。
砧声==布や洗った衣類につやを出したり、柔かくするため、石の台にのせて叩く音。