橋 本 左 内 漢 詩 集

「江戸漢詩選 (四) 志 士」 ヨ リ

(発行所:岩波書店 発行者:安江 良介 注者:坂田 新)



去年きょねん 先考せんこう うるところ ふ よう ひら き、かん
しゅう すいけい ぶつ ことごとかな しいかな

しん うれい らして

    はい よりもひや やかなり

しん いん せき りょう としてひと とお

よう いち ため にかひら
去年先考所植芙蓉開、有感
秋衰景物尽悲哉

心地凝愁冷似灰

深院寂寥人遠逝

芙蓉一朶為誰開
 

『橋本景岳全集』 には嘉永六年 (1853) の作かと注記する。二十歳。
嘉永五年 (1852) 二月、父橋本彦也の病気の報せを得て、大坂から福井に帰った左内は、家で父に代わって患者の診療にあたった。
十月に父が四十八歳で没すると、藩命によって家督を相続し、藩医に列することとなった。
この詩は父の死の翌年、父の植えておいた蓮が花を咲かせたのを見ての感慨をうたう。
先考は、亡き父をいう語。芙蓉は、蓮の花。

秋となって草木も枯れ、万物蕭条として悲哀にみちた景色となった。
わが心は愁いにとざされ、灰よりもなお冷ややかに沈みこんでいる。
父上の亡き今、深い中庭は寂しいかぎり。ひと枝咲いた蓮の花も、誰に見てもらおうとて開くのか。

秋衰==衰は、草木が枯れしぼむこと。蓮は、夏の朝に花をつけるが旧暦では秋の半ば以降の景物となる。
悲哉==哉は、句末に添えて詠嘆を表す辞。
心地==こころもち。胸中。   凝愁==愁いに沈むこと。
冷似灰==灰は、火が燃え尽きて残るもので、冷えて活気のないものに喩える。
深院==院は、屋敷内の中庭。