橋 本 左 内 漢 詩 集

「江戸漢詩選 (四) 志 士」 ヨ リ

(発行所:岩波書店 発行者:安江 良介 注者:坂田 新)



かん しゅ (一)
とう ふう へい ゆう

すい げつ そう えいいん

てつ ゆめまど かにしがた

ほねさむ さんこえ
寒 夜 二 首 (一)
風吹弊?

水月印窗楹

鉄衣難円夢

骨寒飛霰声


作年未詳。嘉永五年 (1852) 頃の作かと思われる。十九歳。
この年の閏二月、左内は父の病気を知らされて大坂の適塾をひきはらい、故郷福井へ帰った。詩中に 「郷愁」 「宵課」 の語があることから、帰国以前、なお大坂の適塾にあっての詩であろう。

白刃のように厳しい寒風が破れた窓に吹きつのる。窓格子には水のように寒々とした月が貼りついている。
着物は鉄のように冷たく、とても安らかな眠りにはつけぬ。外に霰 (アラレ) の降る音を聞きつつ、骨まで凍えきった。

刀風==仏典の語で、人の臨終にあたって死苦をもたらすとともに四肢筋骨を解体する風気をいうが、ここでは転じて万物を刀で鋭く切り裂くような冷たい風。
弊? (ヘイユウ) ==弊は、破れたり壊れたりしていること。? (ヘイユウ) は、窓。
水月==水に映る月影のことで、万象の空虚なことに喩えて禅籍などによく用いられるが、ここでは前句の 「刀風」 と対にして水のように冷ややかな月をいう。ともに仏教語を転用したところに趣向がある。
窗楹==楹は、柱の意であるが、ここでは窓の櫺子 (レンジ) をいうのであろう。
鉄衣==通常は鎧のことであるが、ここでは 「刀風」 「水月」 と同工の用字で、鉄のように冷えきった衣。
骨寒==ぞっとするさま。