橋 本 左 内 漢 詩 集

「江戸漢詩選 (四) 志 士」 ヨ リ

(発行所:岩波書店 発行者:安江 良介 注者:坂田 新)



よるてい こうくだ
ぞく じょう せい るい いち

すい いん そう そう としてしん とくゆう なり

こん さつ こう せつ ぽうそと

きょう えずしてきょう しゅう
夜 下 淀 江
俗情世累一時休

水韵淙淙神特幽

恨殺孤鴻雪篷外

不添詩興惹郷愁
 
嘉永三、四年 (1850、1851) 頃の作。
十七、八歳。
淀江は、淀川。
伏見から大坂へ下る、いわゆる三十石船に乗っての詩であろう。

夜の船旅では、俗世間での様々な思いも浮世のしがらみも、きれいさっぱり消え失せる。ただサラサラと水音だけが響いて、心はとりわけ済みきってゆく。
白鳥が一羽、雪に包まれた船の篷 (トマ) のかなたを翔 (カ) けてゆくのが恨めしい。詩情を添えてくれるどころか望郷の思いにふさぎ込ませるだけなのだから。

俗情==世俗の名利にあくせくとする心。
世累==俗世間でのわずらわしさ。
淙淙==水の流れるさまをいう擬音語。
恨殺==恨めしく思う。殺は、恨の字に添えて強めるはたらきをし、殺すの意味を持たない。
孤鴻==一羽の白鳥。鴻は、大型の渡り鳥をいい、渡り鳥であるだけに人を望郷の思いに誘う。
篷==船の屋根となる覆い。とま。
詩興==詩を作りたいと思うような情趣。