橋 本 左 内 漢 詩 集

「江戸漢詩選 (四) 志 士」 ヨ リ

(発行所:岩波書店 発行者:安江 良介 注者:坂田 新)


しゅう  や びょう ちゅう し ぶん らい ほう す。
 よ りて ふ す。
つばめ こう たり、あき まさふか

びょう はや くもすでかんおか すをおぼ

しつ しゅつせい もつときょうにして

せい ふう れい えてぎん ずるに
秋夜病中、子文来訪、因賦
燕去鴻来秋正深

病躯早已覚寒侵

愧他蟋蟀性尤怯

尚耐凄風冷露吟
 
嘉永三、四年 (1850、1851) 頃の作。十七、八歳。適塾に在学中の作。
子文は鈴木蓼処 (リョウショ) 。福井藩士で、名は魯。後に左内が藩校明道館の学監時代、句読師 (クトウシ) に任用された。森春濤門下の詩人として知られる。明治十一年 (1878) 没、四十八歳。
賦は、詩を作ること。

燕が去って白鳥が飛来し、秋の気配が深まってゆく。病んだこの私には、早くも寒さが身にしみる。
あのとりわけ臆病な性の蟋蟀 (コオロギ) さえも、じっと寒風と冷露に耐えて鳴いていることを思えば、恥じ入るかぎりだ。

燕去鴻来==鴻は 「おおとり」 と訓じて、比較的大型の渡り鳥をさす。雁や白鳥など。燕で春夏を、鴻で秋冬の季節を表現する手法で、ここも秋に入っていることをいう。
覚寒侵==病中ということもあって、寒気が身に迫る思いがすること。
愧他==他は、 「彼の」 と訓ずるが、その意味はきわめて軽く、実際には二音節として語調を整えているに等しい。
蟋蟀==こおろぎ。秋の代表的な景物。尤怯==とりわけて臆病である。
凄風==はげしい寒風。   冷露==ひえびえとした露。